ミキサー・ブリッジを使われた暗号資産の追跡【応用編】
CoinJoin・Tornado Cash・「おつり」ヒューリスティックを理解する
「暗号資産の送金を追跡する方法」の基礎編では、送金先アドレスをエクスプローラーで検索する方法を紹介しました。しかし実際には、ミキサーやクロスチェーンブリッジを経由された時点で、その方法は行き詰まります。この記事では、なぜそこで止まるのかという技術的な仕組みと、プロの調査機関が使う「おつり」を見分ける分析手法まで、一歩踏み込んで解説します。
📋 目次
「暗号資産の送金を追跡する方法」で紹介したEtherscanなどのブロックチェーンエクスプローラーは、アドレスを1つずつ検索していけば資金の流れをたどれる、という基礎編でした。ところがOSINT調査の現場で実際にぶつかる壁は、もっと巧妙です。攻撃者や詐欺グループは、追跡を妨害するためにミキサーやクロスチェーンブリッジを積極的に利用します。この記事では、これらの技術がなぜ・どう追跡を難しくするのか、そしてプロの調査機関がそれでもなお手がかりを見つけ出す「おつり」分析の考え方を解説します。
ウォレットアドレス・TXID・ブロックチェーンエクスプローラーの基本用語は「暗号資産の送金を追跡する方法」で解説済みという前提で進めます。未読の方は先にそちらをご覧ください。また本記事の内容はすべて技術解説を目的としたOSINT情報であり、CoinJoinを含むミキシング技術そのものの利用や開発は多くの国で合法です。技術の仕組みを理解することと、違法行為を助長する意図はまったく別であることをご理解の上お読みください。
🌀 なぜミキサーで追跡が難しくなるのか
「誰の資金か」を意図的にわからなくする、3つのタイプ
ミキサーは「資金のシェイカー」
ミキサー(暗号資産ミキシングサービス)とは、複数の利用者から集めた暗号資産を1つのプールにまとめ、混ぜ合わせたうえで別のアドレスへ再分配するサービスの総称です。基礎編で説明した「取引所に入ると内部帳簿に切り替わり追跡が途切れる」壁と似ていますが、ミキサーはそれを意図的な目的として設計している点が異なります。カクテルシェイカーに複数のジュースを入れて振ると、もう元の1杯がどれだったか区別がつかなくなるのと同じ考え方です。
🧪 図解:ミキサーが「誰の資金か」を混ぜ合わせる仕組み
📊 ミキサーの3つのタイプ
| タイプ | 仕組み | 代表例 |
|---|---|---|
| 中央集権型ミキサー | 運営者が資金を預かり、手数料を取って別アドレスへ送り返す。運営者を信用する必要があり、資金持ち逃げのリスクもある。 | 各種の匿名ミキシングサイト |
| スマートコントラクト型 | プログラムが自動で資金をプールし分配する。運営者に資金を預ける必要がなく「非中央集権」を謳う。 | Tornado Cash(3章で詳述) |
| CoinJoin型 | 複数ユーザーが対等な立場で1つの取引に資金を持ち寄り、同額の出力に揃えて分配する。運営者に資金を預けない。 | Wasabi Wallet、Samourai Wallet(2章で詳述) |
基礎編の「取引所の壁」との違い
取引所は本人確認情報を保持しており、法的な照会(召喚状等)に応じれば出金先が判明します。一方ミキサーは、そもそも運営者自身も「どの入力がどの出力に対応するか」を意図的に記録しない、あるいは技術的に追えない設計にしていることが多く、法的照会だけでは解決しない場合があります。ここが基礎編で説明した壁より一段階厄介な理由です。
🤝 CoinJoinという「合法な」ミキシング技術
プライバシー保護のための技術であって、それ自体は違法ではない
まず前提として:CoinJoinは犯罪ツールではない
CoinJoinは、複数の利用者が対等な立場で自分のビットコインを持ち寄り、1つの大きな取引にまとめて、同じ金額の出力に分配してもらう技術です。誰が誰にいくら送ったのかを外部から判別しにくくすることで、日々の決済履歴を他人に覗かれたくないという正当なプライバシー保護のニーズに応えます。多くの国・地域で、CoinJoinの利用や開発自体を禁じる法律はありません。
Wasabi Wallet
プロトコル:WabiSabi(2022年6月〜)
2018年から続くビットコイン向けプライバシーウォレット。WabiSabiという新方式の採用後は、参加者ごとに異なる金額でもまとめて処理できるようになり、より柔軟な形でCoinJoinに参加できるようになりました。
Samourai Wallet(Whirlpool)
プロトコル:Zerolink派生
「Whirlpool」機能では、5人の参加者が5つの入力と5つの出力を持つ取引を組み、出力額を0.01・0.05・0.5 BTCのいずれかに固定してそろえます。額が完全にそろうことで、どの出力がどの参加者のものか外部から判別しづらくなります。
※通常の送金は出力額がバラバラですが、CoinJoinは意図的に金額をそろえます(値は架空サンプル)
プライバシー保護と悪用は紙一重
CoinJoin自体は合法な技術ですが、同じ仕組みが盗難資金や詐欺収益を洗浄する目的にも使われうるという二面性があります。この「技術は中立で、使い方次第で善悪が分かれる」という構図は、次の3章で紹介するTornado Cashの事例でさらにはっきりと表れます。
🌪️ Tornado Cashの光と影
イーサリアム版ミキサーをめぐる、制裁と解除の3年間
スマートコントラクトが自動で運営するミキサー
Tornado Cashは、2019年に登場したイーサリアム上のスマートコントラクト型ミキサーです。運営者という人間が資金を預かるのではなく、プログラム(スマートコントラクト)が自動的に資金をプールし、暗号学的な証明(ゼロ知識証明)を使って「預けた本人であること」だけを証明しつつ引き出しを許可する仕組みです。この技術的な設計自体は、多くの分散型金融(DeFi)技術と同じ発想に基づいています。
🇰🇵 北朝鮮ハッカー集団による大規模資金洗浄が発覚
2022年、北朝鮮の国家支援ハッキング集団「Lazarus Group」が、複数のブリッジ関連ハッキング事件(Ronin Bridgeから約4.55億ドル、Harmony Bridgeから約9,600万ドル等)で盗んだ暗号資産をTornado Cashで洗浄していたことが判明しました。
⚖️ 2022年8月:米財務省がTornado Cashを制裁対象に指定
米財務省外国資産管理局(OFAC)は、Tornado Cashが2019年の設立以来70億ドル以上の資金洗浄に使われたと指摘し、サービス自体を制裁対象に指定しました。米国人がこのサービスを利用すること自体が禁止される、異例の措置でした。
🏛️ 2024年12月:連邦控訴裁判所が制裁の一部を覆す
「運営者のいないプログラム(スマートコントラクト)そのものを制裁対象にできるのか」という法的な争点について、米連邦控訴裁判所はOFACの権限を超えているとする判断を示しました。
🔓 2025年3月:制裁が正式に解除
米財務省はTornado Cashへの制裁を解除しました。一方で、北朝鮮の資金洗浄への関与が疑われた共同創設者個人への制裁・訴追は別枠で継続しています。「ツールへの制裁」と「悪用した個人への追及」が切り分けられた形です。
Tornado Cashの事例が示すのは、「プライバシー保護技術」と「大規模な資金洗浄の温床」という2つの顔が、1つの技術に同居しうるという現実です。この記事はTornado Cashやミキサー全般の利用を推奨するものではなく、追跡を学ぶ上でこうした技術が実際にどう使われ、どう議論されてきたかを理解するための解説です。
🪙 「おつり」を見分ける技術
Change Address Heuristic——UTXOモデルの中に隠れた手がかり
ビットコインの送金には「おつり」が発生する
ビットコインは、財布の中の硬貨のように「未使用のかたまり(UTXO)」を組み合わせて支払う仕組みです。例えば0.5 BTCのかたまりから0.1 BTCだけ送りたい場合、0.5 BTC丸ごとを一度取り出し、「0.1 BTCを相手へ」「残り0.4 BTC(手数料差引後)を自分の新しいアドレスへ=おつり」という2つの出力に分けて処理します。レジで会計をする時、1,000円しかなければ1,000円札を渡していくらかのおつりを受け取るのと同じ考え方です。
🗺️ 図解:1回の送金に隠れる「送金先」と「おつり」
🔍 おつりを見分ける2つの代表的ヒューリスティック
| 手法 | 考え方 |
|---|---|
| Round Number Heuristic (丸い数字ヒューリスティック) | 人が意図して送る金額は「0.1 BTC」のようにきりの良い数字になりやすい一方、おつりは差し引き計算の結果なので「0.39987 BTC」のような半端な数字になりやすい、という経験則。 |
| Script Type Heuristic (アドレス形式ヒューリスティック) | 多くのウォレットは、おつりを自分と同じ形式のアドレス(例:入力と同じP2WPKH形式)で受け取る。出力のうち入力と異なる形式のものは、他人=送金先である可能性が高いという推定。 |
※どちらも「確率的な推定」であり、100%正しいとは限りません(詳しくは6章)。
※Output 2が「金額は半端・形式は入力と同じ」=おつりの可能性が高いと推定できるサンプル
おつりの発見が「アドレスクラスタリング」の入口になる
おつりのアドレスは、送金者自身が管理する別のアドレスである可能性が高いという推定が成り立ちます。この推定を積み重ねていくと、1つのアドレスから芋づる式に「同一人物が管理する複数のアドレス群(クラスタ)」を洗い出せます。基礎編で紹介したOXTの「アドレスクラスタリング」機能は、まさにこの考え方を自動化したものです。
🌉 クロスチェーンブリッジを使われた場合
ビットコインからイーサリアムへ——チェーンをまたぐと何が起きるか
ブリッジは「チェーンをまたぐ両替所」
クロスチェーンブリッジは、あるブロックチェーン(例:イーサリアム)の資産を、別のブロックチェーン(例:別のチェーン)で使える形に変換するサービスです。多くの場合「元のチェーンで資産をロック(凍結)→別チェーンで同額相当の代替トークンを新規発行(ミント)」という2段階の処理が行われます。この時点で、見た目には元の資産とは別のトークンに切り替わるため、単純なアドレス検索では追跡がつながりません。
🌉 図解:ブリッジを渡ると「別のトークン」に化ける
それでも「相関」でつなげられる場合がある
ブリッジを使われても、多くの調査ツールは①ロックされた金額と発行された金額が一致するか②ロックのタイミングと発行のタイミングが近いか③使われたブリッジのアドレス(コントラクト)自体が既知かどうか、という複数の手がかりを組み合わせて「チェーンAのこの取引と、チェーンBのこの取引は、同一の移動である可能性が高い」と推定します。実際の研究では、この相関分析の精度は手法によって80%台から99%台まで幅があり、ブリッジやトークンの種類によっても変わります。
✅ 相関を見つけやすい条件
- ロック直後・短時間でミントされている
- 金額がほぼ一致(手数料分のみ差引)
- 広く使われている大手ブリッジで記録が整備されている
🌫️ 相関が難しくなる条件
- 複数回に分割して少しずつ移動される
- 複数のブリッジ・チェーンを連続して経由される(ブリッジホッピング)
- ミキサーとブリッジが組み合わされる
🎲 分析は結局「確率」でしかない
ヒューリスティックは断定ではなく、状況証拠の積み重ね
「たぶんそうだろう」の集合体であることを忘れない
4章のおつりヒューリスティックも、5章のブリッジ相関分析も、名前の通りヒューリスティック(経験則)です。多くの場合に当てはまる傾向であって、数学的に証明された絶対のルールではありません。研究者たちも「誤ったクラスタを作らないための改良」に今も取り組んでいる、発展途上の分野です。
丸い数字の誤判定
たまたま送金先への金額も丸い数字だった場合、どちらがおつりか誤って判定されることがある
CoinJoinの巻き込み
CoinJoin取引が混ざっていると、通常のヒューリスティックが正しく機能せず誤クラスタリングを生む
共有ウォレットの誤認
取引所など多人数で共有されているウォレットを、個人のクラスタと誤って結びつけてしまうことがある
プロの調査機関がヒューリスティックによる推定結果を裁判等の証拠として扱う場合も、単独の手がかりだけで結論を出すことはありません。複数の独立したシグナル(金額・タイミング・アドレス形式・既知の attribution 情報など)が一致して初めて、確度の高い判断とされます。個人が自己流で「このアドレスは絶対に犯人のものだ」と決めつけて行動するのは避け、あくまで状況証拠として警察・専門機関に持ち込む材料にとどめましょう。
🤝 個人にできること・プロの領域
応用編を読んだ上で、改めて引くべき境界線
ここまでの知識は「理解」のためのもの
ミキサーの仕組み、CoinJoinの技術、Tornado Cashをめぐる議論、おつりヒューリスティック、ブリッジの相関分析——これらはいずれも、暗号資産の追跡がどのように行われているかを理解するための知識です。実際にミキサーやブリッジを経由した資金を個人で最後まで追いきることは、専用のデータセットと計算資源を持つ基礎編5章で紹介したChainalysis Reactor等のプロ向けツールでなければ、現実的にはほぼ不可能です。
🙋 個人でできること
- 基礎編で紹介した無料エクスプローラーで、ミキサー・ブリッジに到達するまでの経路を記録する
- 「ここから先はミキサー(またはブリッジ)を経由した」という事実を証拠として保存する
- 警察・取引所への相談時に、追跡できた範囲の情報一式を提供する
🏢 プロ・捜査機関の領域
- Chainalysis等のツールによる自動デミキシング分析
- 複数の独立シグナルを統合した確度の高いクラスタリング
- 取引所・ブリッジ運営者への法的照会
- 国際的な捜査協力による最終的な資金の特定
ミキサー・CoinJoin・Tornado Cash・ブリッジは、いずれも「追跡を難しくする」という共通の効果を持ちますが、その目的や合法性は技術ごとに大きく異なります。追跡が難しくなった時点で個人でできることは限られますが、そこまでの経路を正確に記録しておくことが、専門機関による本格調査の出発点になります。詐欺被害に遭った場合の具体的な相談先・二次被害への注意点は、基礎編7章で詳しく解説しています。
🎮 詐欺の手口をゲームで疑似体験する
📞 主な公的相談窓口
- 警察相談専用電話:#9110
- 消費者ホットライン:188
- 緊急時は110番
📚 用語集(本記事に登場した用語)
| ミキサー | 複数利用者の暗号資産を混ぜ合わせ、資金の出所・追跡を困難にするサービスの総称。 |
| CoinJoin | 複数ユーザーが対等に資金を持ち寄り、同額の出力にそろえて分配するビットコインのプライバシー技術。 |
| Tornado Cash | イーサリアム上のスマートコントラクト型ミキサー。2022年に一度制裁対象となり2025年に解除された。 |
| UTXO | Unspent Transaction Outputの略。ビットコインにおける「未使用のお金のかたまり」の単位。 |
| おつり(Change) | UTXOを使った送金で、送金額以外に送金者自身へ戻ってくる差額分の出力。 |
| Change Address Heuristic | 取引の複数出力のうち、どれがおつりかを金額の丸さやアドレス形式などから推定する分析手法。 |
| クロスチェーンブリッジ | あるブロックチェーンの資産を別のブロックチェーンで使える形に変換するサービス。 |
| ブリッジホッピング | 複数のブリッジ・チェーンを連続して経由し、追跡をさらに困難にする手口。 |
❓ よくある質問(FAQ)
CoinJoinを使うこと自体は違法ですか?
いいえ。CoinJoinはプライバシー保護のための技術であり、利用や開発自体を禁じる法律は多くの国にありません。ただし同じ技術が資金洗浄に悪用されるケースがあるため、取引所によってはCoinJoin経由の資金の入金を警戒・制限することがあります。
Tornado Cashは今も使えるのですか?
2025年3月に米財務省の制裁は解除されましたが、法的な状況は国・地域や時期によって変わる可能性があります。本記事の情報は執筆時点のものである点にご注意ください。
ミキサーを使われたら、もう絶対に追跡できませんか?
「絶対に不可能」とは言い切れません。ミキサーの実装の甘さや、利用者側の別のミスなど複合的な要因で追跡に成功する例もありますが、個人が短時間でできる範囲を超えることがほとんどです。専門機関による調査が必要になります。
おつりヒューリスティックは誰でも使えますか?
考え方自体は本記事で紹介した通りシンプルですが、実際に大量の取引を自動判定するには専用のツールやプログラムが必要です。個人で1件ずつ手動確認する分には、トランザクション詳細画面で出力の金額とアドレス形式を見比べるだけでも practice できます。
基礎的な追跡方法から復習したいのですが?
「暗号資産の送金を追跡する方法」で、Etherscanなど無料サイトの基本の使い方、追跡の実践ステップ、詐欺被害時の相談先を解説しています。まずそちらをご覧ください。
🧭 次に読む
🔍 追跡の基礎を復習する
🛰️ 攻撃インフラの追跡技術
🕵️ OSINTの基礎を学ぶ
📚 主な参考・一次情報
- Chainalysis「What Is a Crypto Mixer? Definition & Risks」(ミキサーの定義・分類)
- Chainalysis「Introduction to Cross-Chain Bridges」(クロスチェーンブリッジの仕組み)
- 米財務省(OFAC)Tornado Cash制裁関連プレスリリース(2022年8月・2025年3月)
- 米連邦控訴裁判所 Tornado Cash制裁関連判決(2024年12月)
- Bitcoin Optech「Coinjoin」技術解説ページ
- 学術文献「Resurrecting Address Clustering in Bitcoin」ほか、Change Address Heuristicに関する研究論文複数
- 「暗号資産の送金を追跡する方法」(当サイト基礎編)
※法規制・制裁の状況やツールの仕様は変更される場合があります。実際の利用・判断前に必ず最新の公式情報をご確認ください。本記事は法律に関する助言を目的としたものではありません。


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