セキュリティ対策には、はっきりした「所得の勾配」がある
ただし、格差が出ているのは「気をつけること」ではありませんでした。
唯一、逆に低所得世帯のほうが高い項目があります。
⚡ 先に結論(5行)
- 「セキュリティ対策を行っていない」世帯の割合は、年収200万円未満で10.3%、1,000〜1,500万円で2.1%。約5分の1になります。年収が上がるほど、対策する世帯が増えていきます。
- でも、格差の中身を見ると話が変わります。いちばん差が開いたのはウイルス対策ソフト(25.0%→68.9%、2.76倍)。次いでソフトの更新(2.13倍)。お金と手間がかかる対策ほど、差が大きいのです。
- そして唯一、逆転している項目があります。「個人情報の入力を控える」だけは、年収200万円未満のほうが高い(36.8% 対 29.1%)。お金のかからない「気をつける」対策では、低所得世帯は負けていません。
- もうひとつ、格差がほぼ生まれていない項目があります。「携帯電話会社などのセキュリティサービス」は31.4%対35.3%で、ほぼ横ばい。理由はおそらく単純で、契約するときに付いてくるからです。
- あなたが読み取るべきこと:この格差は意識ではなく手段の差です。だから「気をつけましょう」という呼びかけでは埋まりません。埋まるとしたら、携帯会社のサービスのように最初から付いてくる形にしたときです。
📌 一言でいうと ── 年収で差がつくのは「買う対策」だけでした。「気をつける対策」では、むしろ低所得世帯のほうが上でした。
📖 この調査は何か
世帯を単位に、対策と被害を聞いた統計です。
15,660世帯に、家庭のセキュリティを聞いた
使うのは総務省の「通信利用動向調査」(令和7年)の世帯編です。同じ調査には個人単位で聞いた「世帯構成員編」もありますが、こちらは世帯を単位に集計していて、世帯年収・世帯類型・世帯人数という別の軸が使えます。
この記事で見るのは、「情報通信機器の利用の際の被害等の経験」と「セキュリティ対策の実施状況」の2つ。どちらも世帯年収で割った数字が出ています。
単位は「世帯」
「あなたは対策していますか」ではなく「この世帯では対策していますか」という聞き方です。 家族の誰か1人がやっていれば「対策している」になります。 だから個人単位の数字より高めに出ます。
対策も被害も複数回答
10項目の対策、8項目の被害からあてはまるものを全部選ぶ形式です。 足すと100%を超えます。それぞれ独立した割合として読んでください。
年収と年齢は絡み合う
この記事でいちばん注意が要る点です。高齢世帯は年収が低い傾向があるため、 「年収の差」と「年齢の差」を完全には切り分けられません。 第8章で正面から扱います。
📶 年収で、対策率が階段になる
まず全体像から。
📊 世帯年収別:セキュリティ対策の実施状況
年収200万円未満では10.3%の世帯が「対策を行っていない」と答えています。これが400万円を超えると3%を下回り、1,000〜1,500万円では2.1%まで下がります。約5分の1です。
📊 世帯年収別の主要な数値
| 世帯年収 | n | 対策あり | 対策なし | ソフト最新 | ウイルス対策ソフト | パスワードロック |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 200万円未満 | 1,844 | 83.7% | 10.3% | 36.2% | 25.0% | 38.3% |
| 200〜400万円 | 4,162 | 90.8% | 5.9% | 45.4% | 33.7% | 46.0% |
| 400〜600万円 | 3,377 | 95.1% | 2.8% | 57.3% | 42.2% | 55.3% |
| 600〜800万円 | 2,572 | 94.9% | 3.6% | 63.4% | 43.6% | 59.2% |
| 800〜1,000万円 | 1,707 | 96.1% | 2.5% | 64.9% | 48.2% | 68.0% |
| 1,000〜1,500万円 | 1,292 | 97.3% | 2.1% | 69.3% | 50.5% | 70.7% |
| 1,500〜2,000万円 | 286 | 97.3% | 2.2% | 71.9% | 64.0% | 73.0% |
| 2,000万円以上 | 156 | 95.7% | 3.8% | 77.1% | 68.9% | 69.4% |
| 全体 | 15,660 | 92.9% | 4.5% | 55.5% | 40.8% | 55.1% |
「対策あり」だけを見ると83.7%から97.3%で、差は13.6ポイント。それほど大きくないように見えます。ところが個別の項目に降りると、話がまったく違ってきます。
🔑 格差の正体は「手段」だった
ここがこの記事の中心です。
年収200万円未満と2,000万円以上で、対策の項目ごとに何倍違うかを並べます。
📊 項目別:年収200万円未満 → 2,000万円以上で何倍になるか
上から順に、ウイルス対策ソフト2.76倍、情報の正確性を確かめる2.19倍、迷惑メール対策2.17倍、ソフトの更新2.13倍。いずれもお金を払うか、知識と手間が要る対策です。
そして下2つ。ここに、この記事の発見があります。
買う対策
ウイルス対策ソフト
25.0% → 68.9%
2.76倍
手間をかける対策
ソフトを最新に
36.2% → 77.1%
2.13倍
付いてくる対策
携帯会社のサービス
31.4% → 35.3%
1.12倍
気をつける対策
個人情報を控える
36.8% → 29.1%
0.79倍(逆転)
「個人情報の入力を控える」だけは、年収200万円未満のほうが高い(36.8%)のです。2,000万円以上は29.1%。この対策には、お金も専門知識も要りません。そして低所得世帯は、そこでは負けていません。
この並びが示していること
「低所得世帯はセキュリティ意識が低い」という説明は、この数字に合いません。意識の問題なら、お金のかからない「控える」も同じように低くなるはずです。実際は逆でした。
差がついているのはソフトを買う、更新する、設定する——つまりお金か、手間か、知識が要る対策だけです。格差は意識ではなく手段にあります。
📦 格差が生まれなかった1項目
もうひとつの例外に、ヒントがあります。
「携帯電話会社などが提供するセキュリティサービスへ加入する」——この項目だけ、年収でほとんど動きません。
📊 携帯会社のセキュリティサービス加入率(年収別)
| 世帯年収 | 携帯会社のサービス | 参考:ウイルス対策ソフト |
|---|---|---|
| 200万円未満 | ||
| 200〜400万円 | ||
| 400〜600万円 | ||
| 800〜1,000万円 | ||
| 1,000〜1,500万円 | ||
| 2,000万円以上 |
※ 携帯会社のサービスは29.8%〜37.7%の範囲で上下し、年収との一貫した関係が見られません。
ウイルス対策ソフトが25.0%から68.9%まで一直線に上がるのに対し、携帯会社のサービスは29.8%〜37.7%の間を行ったり来たりしているだけです。年収による勾配がありません。
なぜこれだけ格差が出ないのか
統計に理由は書かれていないので、ここは読み取りです。ただしこの対策だけが持っている性質ははっきりしています——スマホを契約するときに、窓口で勧められて入るものだという点です。
自分で製品を選ぶ必要も、価格を比べる必要も、インストールする必要もありません。手続きの流れに組み込まれている。だから所得に左右されない、という説明は自然です。
これは、格差を埋める方法についてのヒントでもあります。「対策しましょう」と呼びかけても、買う余裕と手間がなければ動けません。でも最初から入っている形にすれば、年収に関係なく普及する——この1項目が、それを示しています。
💥 被害も、年収とともに増える
ここでも、見慣れた逆説が出ます。
同じ調査には、世帯が経験した被害も載っています。年収別に並べると——
📊 世帯年収別の被害経験(%)
| 世帯年収 | 迷惑・架空請求 | 個人情報漏えい | フィッシング | 追跡広告 | 被害は特にない |
|---|---|---|---|---|---|
| 200万円未満 | 62.2 | 18.9 | 10.0 | 23.7 | 23.0 |
| 200〜400万円 | 69.7 | 19.1 | 12.6 | 29.7 | 17.1 |
| 400〜600万円 | 75.6 | 20.9 | 13.0 | 36.0 | 13.9 |
| 600〜800万円 | 77.3 | 23.9 | 15.7 | 39.6 | 11.2 |
| 800〜1,000万円 | 79.0 | 22.1 | 14.2 | 44.5 | 10.8 |
| 1,000〜1,500万円 | 82.3 | 22.2 | 15.0 | 46.2 | 8.1 |
| 1,500〜2,000万円 | 85.0 | 22.0 | 14.6 | 50.8 | 5.3 |
| 2,000万円以上 | 78.4 | 24.9 | 26.8 | 47.2 | 10.4 |
| 全体 | 74.0 | 21.0 | 13.6 | 36.0 | 14.1 |
「被害は特にない」が23.0%から5.3%へ、きれいに下がっていきます。年収が高い世帯ほど、何かしらの被害を経験しています。
そして年収2,000万円以上のフィッシング被害26.8%は、全体(13.6%)の約2倍。真偽の不確かな情報28.1%(全体14.9%)、ウイルス感染20.2%(全体13.4%)も突出しています。
この構図は、企業の統計でも同じでした。対策が手厚い層ほど「被害あり」と答える割合が高い。理由は2つ考えられ、どちらもありえます。本当に狙われているのか、気づける状態にあるのか。年収2,000万円以上のフィッシング2倍は前者を、「被害なし」23.0%→5.3%の落差は後者を示唆します。この統計だけでは切り分けられません。
ただし、家庭の場合は企業と違う点があります。迷惑メールや追跡広告は、ログを取っていなくても気づけます。それでも年収200万円未満で迷惑メール62.2%、2,000万円以上で78.4%と差がある。ネットを使う量そのものが違う可能性が高いでしょう。
👨👩👧 世帯のかたちでも変わる
年収以外にも、2つの軸があります。
👥 世帯人数:一人暮らしが最も薄い
- 単身 対策あり90.7%/対策なし6.2%
- 2人家族 91.9%/5.1%
- 3人家族 94.4%/3.4%
- 4人家族 95.9%/2.9%(最高)
- 家族が増えると誰かが気づく
🏠 世帯類型:高齢世帯だけが落ちる
- 大人2人(非高齢者のみ)96.7%/2.2%
- 大人2人以下+子ども 96.6%/2.6%
- 大人2人(高齢者を含む)92.2%/4.7%
- 高齢世帯(高齢者のみ)84.1%/9.6%
- 高齢者だけの世帯が唯一の谷
🏙️ 都市区分:ほとんど差がない
- 特別区・政令市・県庁所在地 93.8%
- その他の市 92.5%
- 差はわずか1.3ポイント
- ソフト最新は58.9%対54.0%
- 住む場所では、ほぼ変わらない
🔗 3つの軸は絡み合っている
- 高齢世帯 84.1% と 年収200万円未満 83.7%
- ほぼ同じ数字になっている
- 高齢世帯は年収も低い傾向
- 単身世帯にも高齢者が多く含まれる
- 「年収の効果」だけを取り出せない
ここは重要なので、はっきり書きます。高齢世帯(84.1%)と年収200万円未満(83.7%)の対策率が、ほぼ同じ数字になっています。これは偶然ではなく、この2つの層が大きく重なっていることを示しています。
もう一段はっきりさせるため、世帯主の年齢で割った数字も見ておきます。この調査には、その集計もあります。
📊 世帯主の年齢別:対策の実施状況
| 世帯主の年齢 | n | 対策あり | 対策なし |
|---|---|---|---|
| 20代 | 496 | 96.0% | 3.2% |
| 30代 | 1,366 | 95.4% | 3.9% |
| 40代 | 2,312 | 96.0% | 3.0% |
| 50代 | 3,398 | 96.2% | 2.5% |
| 60代 | 3,702 | 93.5% | 4.0% |
| 70代 | 3,218 | 87.1% | 7.3% |
| 80歳以上 | 1,168 | 80.8% | 10.8% |
| 全体 | 15,660 | 92.9% | 4.5% |
ここで見比べてほしい数字があります。80歳以上の世帯で「対策なし」は10.8%。年収200万円未満では10.3%でした。ほとんど同じです。先ほどの高齢世帯(9.6%)も同じ水準に並びます。
3つの「谷」——低所得・高齢世帯・高齢の世帯主——が、そろって10%前後に集まっている。これは、3つが別々の原因ではなく、大きく重なった同じ一群を、違う角度から見ているだけである可能性が高いことを意味します。
「所得の勾配」は、年齢の勾配でもある
この記事のタイトルは「所得の勾配」ですが、それが純粋に所得だけの効果だとは言えません。年金生活の高齢世帯は年収が低く、同時に情報機器の扱いにも不慣れな傾向があります。
ただし、第3章で見た「項目ごとの勾配の違い」は、年齢では説明しにくいものです。年齢が原因なら、お金のかからない「個人情報を控える」も低くなるはずですが、実際は逆転していました。少なくとも「買えるかどうか」の要素は、確かに効いていると読めます。
🧰 何ができるか
この数字から出てくることを、立場別に。
💰 お金をかけずにできる対策から埋める
OSとアプリの自動更新をオンにするのは無料です。画面ロックも無料。この2つは年収による差が大きい項目(2.13倍・1.81倍)ですが、実は費用の問題ではなく設定の問題です。誰かが一度やってあげれば埋まります。
📱 契約中のセキュリティサービスを確認する
携帯会社のサービスは全体で34.6%が加入していますが、入っていることを忘れている場合もあります。すでに払っているなら使わないと損です。逆に不要なら見直しの対象にもなります。
🏠 一人暮らしの家族を思い出す
単身世帯の対策率は90.7%、高齢世帯は84.1%と、いずれも平均(92.9%)を下回ります。家族が多い世帯ほど対策率が高いのは、誰かが代わりにやっているからでしょう。その「誰か」がいない世帯があります。
🙅 「控える」はすでにできている、と知る
年収200万円未満の世帯は、個人情報の入力を控える割合が36.8%と全体(33.8%)より高い。気をつけることでは負けていません。足りないのは道具のほうです。そこを取り違えた助言は届きません。
「セキュリティ意識を高めましょう」という呼びかけは、この格差には効きません。低所得世帯は、お金のかからない対策ではすでに平均以上をやっています。差がついているのは買う・更新する・設定するという、手段の要る部分だけでした。助言より、代わりに設定してあげるほうが効きます。
📝 注意点とまとめ
この数字の限界を、正面から書いておきます。
年収と年齢が交絡している
この記事でいちばん大きな限界です。高齢世帯(84.1%)と年収200万円未満(83.7%)が ほぼ同じ数字なのは、両者が重なっているから。 「所得の効果」だけを純粋に取り出すことは、この統計ではできません。
高所得層はサンプルが小さい
2,000万円以上は156世帯、1,500〜2,000万円は286世帯です。 フィッシング26.8%という数字も40世帯ほどの回答から出ています。 倍率の細かい比較には向きません。
単位が「世帯」
家族の誰か1人がやっていれば「対策している」になります。 個人単位の数字より高めに出るので、 「自分は何もしていないが世帯としては対策済み」という人が含まれます。
「なぜ」は書かれていない
携帯会社のサービスに格差がない理由も、「個人情報を控える」が逆転する理由も、 統計には説明がありません。本記事の解釈は、 公表された数値からの筆者の読み取りです。
被害は自己申告
気づかなかった被害は数字に入りません。 「被害なし」が年収とともに減るのは、被害が増えたのか、気づく力が増したのか、 この調査では区別できません。
令和7年の1時点
毎年更新される調査の、1年分の断面です。 OSの既定値が変われば、無料でできる対策の普及率は自然に上がります。 来年の数字と比べる価値があります。
ここまで見てきたことを、もう一度まとめます。
「対策していない」世帯は、年収で約5倍の差
200万円未満で10.3%、1,000〜1,500万円で2.1%。全体では4.5%でした。
差がついているのは「買う対策」だけ
ウイルス対策ソフト2.76倍、ソフト更新2.13倍。一方、気をつける対策「個人情報を控える」は0.79倍と逆転していました。
契約に付いてくる対策には、格差がない
携帯会社のセキュリティサービスは1.12倍で、年収による一貫した勾配がありません。手続きの流れに組み込まれているためと考えられます。
一人暮らしと高齢世帯が、もうひとつの谷
単身90.7%、高齢世帯84.1%。4人家族は95.9%。家族が多いほど、誰かが代わりにやっています。
この統計を最初に見たとき、私は「所得が低いと意識も低い」という話になると思っていました。でも項目ごとに割ってみると、そうではありませんでした。
年収200万円未満の世帯は、「個人情報の入力を控える」では平均を上回っています。気をつけていないわけではないのです。足りていないのは、ウイルス対策ソフトを買うこと、ソフトを更新すること、ロックを設定すること——お金か、手間か、知識が要る部分だけでした。
この記事で唯一「格差が生まれなかった」のは、契約するときに付いてくる対策でした。呼びかけでも補助金でもなく、選ばなくても入っている形にしたときだけ、所得の勾配が消えていた。格差を埋める方法があるとしたら、たぶんそこにあります。


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