格差が縮んだように見えたのは
答える人が増えたからだった
「セキュリティ対策の所得格差」を20年さかのぼったら、
もっと厄介なものが出てきました。
⚡ 先に結論(5行)
- 「何らかのセキュリティ対策をしている」世帯の割合は、2006年で年収200万円未満が49.2%、1,000〜1,500万円が82.2%。差は33.0ポイントでした。令和7年には13.6ポイントまで縮んでいます。一見、格差は半分以下になりました。
- ところが、この設問の「無回答」を見ると話が変わります。年収200万円未満の世帯の40.3%(2006年)、47.2%(2010年)が、この質問に答えていませんでした。1,000〜1,500万円の世帯では8.9%、6.2%です。
- 無回答を除いて計算し直すと、差は2006年で7.8ポイント、令和7年で8.8ポイント。縮んでいないどころか、わずかに広がっています。
- 縮んだのは格差ではなく、無回答率でした。低所得世帯の無回答は40.3%から6.0%へ。答える人が増えた結果、見かけの格差だけが小さくなったのです。
- あなたが読み取るべきこと:統計の「格差が縮小した」は、実態が改善したのか、測り方が変わったのかを分けて見る必要があります。そして「答えない」こと自体が、その層の状況を語っています。
📌 一言でいうと ── 20年分をさかのぼったら、格差より先に「無回答の格差」が見つかりました。
📋 目次
📖 前回の記事と、今回の問い
この記事は続編です。
「差がつくのは、買う対策だけだった」
以前、令和7年のデータで世帯年収とセキュリティ対策の関係を書きました。ウイルス対策ソフトは年収で2.76倍の差がある一方、お金のかからない「個人情報の入力を控える」は逆に低所得世帯のほうが高い——格差は意識ではなく手段にある、という話です。
そのときは1年分しかありませんでした。今回、e-Statに2006年から2016年までの11年分があると分かったので、この勾配が昔からあったのかを確かめようとしました。
結果としては、確かめる前に別のものが出てきました。その話をします。
📉 公表値では、格差は縮んでいた
まず、そのまま読んだ場合。
📊「何らかの対策を導入した」世帯の割合(%)
差は33.0ポイントから13.6ポイントへ。素直に読めば「20年で格差は6割減った」という話になります。
ですが、この表には気になる点が2つあります。ひとつは、2016年の値がどの年収帯でも急に低いこと。もうひとつは、2016年から令和7年にかけて、200万円未満が49.5%から83.7%へ34ポイントも跳ね上がっていることです。
数字が動きすぎている
セキュリティ対策の実施率が、9年で34ポイントも増えることはありえます。でも2006年から2016年の11年間はほぼ横ばい(49.2%→49.5%)で、その後の9年で急増した——というのは、少し不自然です。
こういうときは、分母か、答え方に何かあると考えます。実際にありました。
🕳️ 4割が答えていなかった
ここがこの記事の中心です。
この設問の回答は「何らかの対策を導入した」「何も行っていない」「無回答」に分かれます。3つを足すと100%になります。その無回答を、年収別に並べてみました。
📊 この設問に答えなかった世帯の割合(%)
| 年収 | 2006 | 2010 | 2012 | 2016 | 令和7年 |
|---|---|---|---|---|---|
| 200万円未満 | 40.3 | 47.2 | 28.6 | 18.3 | 6.0 |
| 200〜400万円 | 31.8 | 25.9 | 18.7 | 10.8 | 3.4 |
| 400〜600万円 | 19.8 | 13.4 | 7.0 | 5.4 | 2.0 |
| 600〜800万円 | 15.4 | 7.9 | 5.4 | 1.0 | 1.5 |
| 1,000〜1,500万円 | 8.9 | 6.2 | 3.0 | — | 0.5 |
年収200万円未満の世帯は、2010年に47.2%がこの質問に答えていません。2人に1人に近い割合です。同じ年、1,000〜1,500万円の世帯では6.2%。
無回答そのものが、きれいな所得の勾配を描いています。2010年で見ると、200万円未満47.2%、200〜400万円25.9%、400〜600万円13.4%、600〜800万円7.9%、1,000〜1,500万円6.2%。年収が下がるほど、答えない。この差は41.0ポイントで、肝心の「対策実施率の差」45.0ポイントとほぼ同じ大きさです。
つまり「対策していない」ように見えていた世帯の多くは、「対策していないと答えた」のではなく「何も答えなかった」のです。
🔧 補正すると、縮んでいない
では、答えた世帯だけで計算し直します。
やり方は単純です。「対策あり」÷(「対策あり」+「何も行っていない」)——つまり答えた人のうち何割が対策していたかを出します。
📊 公表された差と、無回答を除いた差(ポイント)
公表された差
33.0pt(2006)
→ 13.6pt(令和7年)
59%縮小
無回答を除いた差
7.8pt(2006)
→ 8.8pt(令和7年)
むしろ+1.0pt
無回答率の差
31.4pt(2006)
→ 5.5pt(令和7年)
これが縮んだ
縮んだのは、無回答率の差でした。低所得世帯の無回答は40.3%から6.0%へ34.3ポイント減っています。その分だけ、見かけの格差が小さくなったという構造です。
この補正も完璧ではありません。答えなかった世帯が、答えた世帯と同じ割合で対策していたと仮定しています。実際には、答えなかった世帯のほうが対策していない可能性は十分あります。その場合、真の格差は補正値より大きくなります。言えるのは「公表値の差をそのまま格差として読むのは危険」ということまでです。
🛒「買う対策だけ差がつく」は昔からあった
本来やりたかった検証も、やっておきます。
前回の記事の核心は「差がつくのは買う対策だけで、気をつける対策では差がつかない」でした。これが昔からあったのかを見ます。
ただし個別の対策項目は2013年に設問が全面改訂されており、令和7年とは名前が違います。そこで2012年(旧設問の最終年)だけを取り出し、対策をしていると答えた世帯を100として、各項目の比率を比べます。こうすれば無回答の影響を受けません。
📊 2012年:対策実施世帯における各項目の比率(1,000〜1,500万円 ÷ 200万円未満)
並び方が、前回の記事とほぼ同じでした。
📊 2012年と令和7年の並びを比べる
| 性質 | 2012年の項目 | 倍率 | 令和7年の項目 | 倍率 |
|---|---|---|---|---|
| 買う | スパイウェア対策ソフト | 1.42 | ウイルス対策ソフト | 2.76 |
| 買う | ウィルス対策ソフト | 1.32 | ソフトを最新にする | 2.13 |
| 気をつける | 不用意にメールを開かない | 1.08 | 個人情報の入力を控える | 0.79 |
| 付いてくる | プロバイダのウィルス対策 | 1.00 | 携帯会社のサービス | 1.12 |
※ 2012年は対策実施世帯を100とした比率、令和7年は全世帯に対する実施率。倍率の大きさは直接比較できませんが、項目間の順序は比べられます。
14年前にも、同じ順番だった
いちばん差が大きいのが「買う」対策、いちばん小さいのが「気をつける」対策、そして「契約に付いてくる」対策は格差ゼロ。2012年の1.00倍という数字は、前回の記事で書いた「携帯会社のサービスだけ格差がない」とまったく同じ現象です。
前回の結論は、令和7年だけの一時的な話ではありませんでした。少なくとも14年前から、同じ構造で動いています。
💬 答えないこと自体が情報である
無回答の話に戻ります。
統計では、無回答はふつう「除外するもの」「精度を下げる邪魔者」として扱われます。でも今回のように無回答そのものに勾配があるとき、それは邪魔者ではなく、それ自体がデータです。
🤷 分からないから答えられない
- 自分の家に対策があるか把握していない
- 実際、2015年から「対策を行っているかわからない」という選択肢が追加された
- 令和7年でも200万円未満で13.4%(2016年)
📋 設問が難しかった
- 2006年当時は選択肢が専門的だった
- 「スパイウェア対策ソフト」「ファイアウォール」
- 用語が分からなければ、答えようがない
📱 そもそも使っていない
- この設問は「過去1年に誰かがネットを使った世帯」が対象
- 利用が少ない世帯ほど答えにくい
- ネット利用率にも所得差がある
📈 だから減った
- スマホが普及し、誰もがネットを使うようになった
- 用語も一般化した
- 無回答40.3%→6.0%は、その反映と考えられる
どれも推測ですが、「答えられない」という状態それ自体が、その世帯とデジタルの距離を示しているとは言えます。そして距離が遠い世帯ほど、被害に気づく力も弱い——この連載で繰り返してきた話につながります。
気になったので、同じ調査の「被害」の設問も調べました。こちらにも同じ勾配がありました。
📊「被害を受けたか」の設問の無回答率(%)
| 年収 | 2006 | 2010 | 2011 | 2016 |
|---|---|---|---|---|
| 200万円未満 | 40.8 | 33.4 | 46.4 | 21.6 |
| 400〜600万円 | 19.8 | 8.4 | 35.6 | 13.8 |
| 1,000〜1,500万円 | 8.5 | 4.0 | 23.1 | 9.7 |
対策の設問だけの問題ではありませんでした。被害についても、低所得世帯の4割前後が答えていません。この調査で所得別の数字を扱うときは、常に確認が必要だということです。
なお、この連載で以前ウイルスとフィッシングの推移を書いたときは全世帯の合計を使っていました。念のため無回答を除いて計算し直したところ、ウイルス感染は0.31倍が0.30倍、フィッシングは7.3倍が7.0倍となり、結論は変わりませんでした。全体の無回答率は18.1%(2006年)から13.8%(2016年)と、両端でそれほど違わなかったためです。年収別に割ったときだけ、大きな偏りが出ます。
「見えていない層」は、統計の中でも見えていない
これまでこの連載では「ログを取っていない企業の”被害なし”は無事の証明ではない」という話を何度も書きました。今回はその一段手前です。そもそも調査に答えていない層がいる。
そして答えていない層ほど、所得が低い。統計を見て「格差が縮んだ」と判断するとき、縮んだのが実態なのか、見えるようになっただけなのかは、無回答を見ないと分かりません。
🧰 何ができるか
ここから出てくることを。
📊 「格差が縮小」の記事を読んだら、無回答を探す
公表値では59%縮小、補正すると縮んでいない。この差を作ったのは無回答でした。統計の記事で「格差が縮んだ」と読んだら、元の表に無回答の欄があるか、それに偏りがないかを確認する。公的統計はたいてい無回答も公表しています。
🛒 やはり「買う対策」から埋める
2012年でも令和7年でも、差がいちばん大きいのは買う対策でした。逆に「気をつける」対策では、低所得世帯も遜色ありません。だから助言するなら「注意しましょう」ではなく、具体的にどれを入れるか、いくらかかるかのほうが役に立ちます。
📦 「付いてくる」形が、いちばん格差を作らない
2012年のプロバイダのウイルス対策サービスは1.00倍。所得による差がまったくありませんでした。令和7年の携帯会社のサービスも1.12倍。契約の流れに組み込まれた対策だけが、所得に左右されません。14年をまたいで同じ結果が出ています。
🏠 自分の家の契約を、一度確認する
プロバイダや携帯会社のセキュリティサービスは、すでに契約に含まれていることがあります。使っていなければ払い損ですし、必要なければ見直しの対象です。新しく買う前に、いま何が付いているかを確かめるところから。
「セキュリティ対策の所得格差は縮んだ」——公表値だけを見ればそう読めます。でも縮んだのは無回答率でした。そして前回書いた「差がつくのは買う対策だけ」という構造は、14年前にも同じ順番で存在していました。変わっていないものを、変わったと読まないことです。
📝 注意点とまとめ
この分析の限界を、正面から書いておきます。
補正の仮定は強い
この記事でいちばん弱い部分です。「答えなかった世帯も、答えた世帯と同じ割合で対策していた」と仮定しています。 実際には答えなかった層のほうが対策していない可能性が高く、その場合、真の格差は補正値より大きくなります。
2013年に設問が全面改訂
個別の対策項目は2006〜2012年と2013〜2016年で名前が違います。 令和7年ともさらに違います。だから第5章では2012年の1年だけを取り出し、 倍率の大きさではなく項目の順序を比べています。
2017〜2024年が空白
e-Statの系列は2016年で終わり、次が令和7年です。 この8年に設問や集計方法の変更があった可能性は排除できません。 グラフの点線は、途中を確認していない区間です。
2012年と令和7年で計算式が違う
第5章の表で、2012年は「対策実施世帯を100とした比率」、令和7年は「全世帯に対する実施率」です。 倍率の数値そのものは比較できません。比べているのは項目間の順序だけです。
単位は世帯・複数回答
家族の誰か1人が対策していれば「対策あり」になります。 個人単位より高く出ます。また対策項目は複数回答なので、 足しても100%にはなりません。
無回答の理由は書かれていない
なぜ低所得世帯ほど答えなかったのかは統計に説明がありません。 第6章に挙げた4つの理由はすべて筆者の推測であり、 検証されたものではありません。
ここまで見てきたことを、もう一度まとめます。
公表値では、格差は33.0ptから13.6ptへ縮んだ
年収200万円未満と1,000〜1,500万円の「何らかの対策」実施率の差。数字だけ見れば6割減です。
低所得世帯の4〜5割が、答えていなかった
200万円未満の無回答は2006年40.3%、2010年47.2%。1,000〜1,500万円では8.9%、6.2%でした。
補正すると、7.8ptから8.8ptへ。縮んでいない
縮んだのは無回答率の差(31.4pt→5.5pt)でした。答える人が増えた分だけ、見かけの格差が小さくなっています。
「買う対策だけ差がつく」構造は、14年前にもあった
2012年の比率は、買う対策1.32〜1.42倍、気をつける対策1.08倍、契約に付いてくる対策1.00倍。順序は令和7年と同じでした。
正直に言うと、この記事を書き始めたときは「所得の勾配は2006年からあった」という単純な確認記事になるはずでした。ところが公表値を並べた瞬間、2016年から令和7年にかけて34ポイントも跳ねているのが目に入りました。
そこで無回答を見に行って、40.3%という数字が出てきました。結果として、前回の結論(買う対策だけ差がつく)は14年前にも確認できた一方、「格差が縮んだ」という見かけは崩れました。データを疑う手間は、だいたい払う価値があります。
この11年分は誰でもe-Statから無料で取得できます(統計表ID 0003161451)。そして無回答の欄も、ちゃんと公表されています。隠されていたわけではありません。見に行かなかっただけです。統計を引用するときは、本文の数字だけでなく、表の端にある無回答の列を一度見てください。


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