パスワード総図鑑|歴史・仕組み・破られ方・未来を表と図で一気に理解

🔐 パスワード総図鑑 / 2026年版

パスワード総図鑑
歴史・仕組み・破られ方・未来

パスワードって、そもそも何なんだろう。どこに保存されて、どうやって破られて、これからどうなるんだろう。この記事は、その全部を表と図でまとめた「図鑑」です。むずかしい言葉は毎回かみくだいて説明するので、中学生でも最後まで読めます。

パスワードは、たぶんあなたが人生でいちばんたくさん作ってきた「秘密」です。ゲーム、SNS、学校のアカウント、通販サイト。数えたことはないかもしれませんが、ふつうの人でも数十個は持っています。

ところが「パスワードって結局なに?」と聞かれると、うまく答えられる人は多くありません。どこに保存されているのか。なぜ破られるのか。なぜ「定期的に変えなさい」と言われなくなったのか。この図鑑は、その答えを表と図で一気に見わたせるようにしたものです。1章ずつ順番に読んでもいいですし、気になる章だけ見てもかまいません。

⚠ この記事の使い方について

この記事は「守るための知識」をまとめたものです。ここに出てくる攻撃の話は、自分のアカウントを守るために仕組みを知る目的で書いています。他人のアカウントにパスワードを試す行為は、たとえ1回でも不正アクセス禁止法違反(3年以下の懲役または100万円以下の罰金)にあたります。試すなら自分のアカウントか、自分で作った練習環境だけにしてください。

CHAP1

第1章 / 全8章

そもそもパスワードって何?

「合言葉」と「本人確認」の話。ここを押さえると、あとが全部つながります。

パスワードをひとことで言うと、「自分だけが知っている合言葉」です。城の門番が「山」と言ったら「川」と返す、あの合言葉と本質は同じです。

ここで大事なのは、パスワードは3種類ある「本人確認の材料」のうちの1つでしかないということです。この3分類を知っておくと、あとで出てくる「多要素認証」や「パスキー」が一気に理解しやすくなります。

▼ 本人確認に使える材料は3種類しかない
分類意味具体例弱いところ
知識
知っていること
頭の中にある情報パスワード、PIN、秘密の質問コピーされても気づけない
所持
持っているもの
手元にある物スマホ、ICカード、セキュリティキーなくす・盗まれる
生体
あなた自身
体の特徴指紋、顔、虹彩変更できない
💡

パスワードだけが持つ、決定的な弱点

財布を盗まれたら「無くなっている」と気づけます。でもパスワードは「コピー」されても手元に残るので、盗まれたことに気づけません。何か月も気づかないまま、勝手に使われ続けることがあります。これがパスワードの最大の弱点で、この記事の後半すべてにつながる話です。

もうひとつ、よく混ざる言葉を整理しておきます。「ID」と「パスワード」の役割の違いです。

▼ IDとパスワードは役割がまったく違う
 ID(ユーザー名・メールアドレス)パスワード
役割「私は誰か」を名乗る「本当にその人か」を証明する
秘密?秘密ではない(人に教えてOK)秘密(絶対に教えない)
変えられる?変えにくい(メアドは特に)いつでも変えられる
漏れたら迷惑メールが増える程度乗っ取られる

つまりパスワードは、「取り替えのきく、唯一の証明」です。指紋は漏れても変えられませんが、パスワードは何度でも作り直せます。これは弱点ではなく、実は大きな長所でもあります。

第1章 おわり — 次は第2章「年表で見るパスワードの65年史」

CHAP2

第2章 / 全8章

年表で見るパスワードの65年史

「攻める側」と「守る側」が交互に手を打ってきた、65年の追いかけっこ。

パスワードの歴史は、ひとことで言うと「攻める人が新しい手を考える → 守る人が新しい技術で返す」の繰り返しです。今の常識も、この積み重ねの上にあります。年表で一気に見てみましょう。

1961

世界初のパスワード誕生はじまり

アメリカのMITの大型コンピュータ「CTSS」で、複数の人が1台を共同で使うために導入されました。目的はセキュリティというより「他人のファイルを間違って触らないため」でした。

1970年代

「そのまま保存」をやめる守り

最初のころ、パスワードは文字のまま台帳に書かれていました。台帳を見た人は全員のパスワードが読めてしまう。そこで「元に戻せない形」に変えて保存するアイデアが生まれます。

1979

ソルト(Salt)の発明守り

ベル研究所のモリスとトンプソン(UNIXを作った人たち)が論文で発表。1人ずつ違う「まぜもの」を足すという発想で、事前に答えの表を作っておく攻撃を無力化しました。じつは47年も前の技術で、今でも現役です。

1992

MD5が登場守り

高速に「元に戻せない値」を作れる方式として大流行。しかしこの「速い」が、のちに致命的な弱点になります(理由は第4章)。1995年にはSHA-1も登場。

1999

bcrypt=「わざと遅くする」発明守り

発想を180度ひっくり返した技術。あえて計算を遅くして、攻撃側の総当たりを採算割れにさせるという考え方が生まれました。2009年にはさらに強いscryptが登場します。

2003

レインボーテーブル攻め

あらかじめ大量の「答え合わせ表」を作っておいて一瞬で逆引きする手法。ただし1979年のソルトがあれば効きません。当時これが猛威をふるったのは、ソルトを使っていないサービスが多かったからです。

2010年代

大量流出の時代へ攻め

大手サービスから何億件ものIDとパスワードが流出。攻撃の主役が「推測する」から「他所から漏れたものを使い回す」へ変わりました。ここから「使い回し禁止」が最重要ルールになります。

2015

Argon2が世界大会で優勝守り

「いちばん良いパスワード保存方式を決めよう」という国際コンテスト(PHC)で優勝。大量のメモリを必要とさせることで、計算だけが速いGPUを苦手にさせる方式です。2021年に正式な国際仕様(RFC 9106)になりました。

2017

「定期変更はやめよう」の大転換方針転換

アメリカの標準機関NISTが「サービス側はパスワードの定期変更を要求すべきでない」と明記。理由は「強制すると人は使い回したり単純にしたりして、かえって危険になるから」。日本でも2024年5月に総務省が同じ方針を明記しました。

2022

パスキーの一般公開守り

Apple・Google・Microsoftが足並みをそろえて対応を開始。「パスワードそのものを無くす」方向へ、業界全体が動き出しました。

2025.7

NISTの新ルールが正式決定最新ルール

2025年7月31日、NIST SP 800-63B-4が正式版に。「パスワードだけで守るなら15文字以上」「記号を混ぜる強制は禁止」「SMS認証は制限付き」など、今までの常識をかなり書き換える内容でした(第7章でくわしく)。

パスキーが世界で50億本に守り

2026年5月、FIDOアライアンスが発表。世界の90%の人がパスキーを知っており、75%が1つ以上のアカウントで有効にしているという調査結果も。さらにMicrosoftは2027年2月にSMS認証を廃止すると発表しました。

🔍

年表を見て気づいてほしいこと

ネットの記事では「ソルトは2010年代の新技術」と書かれていることがありますが、実際は1979年の技術です。レインボーテーブル(2003年)より24年も前に対策が存在していた、ということになります。「新しい攻撃が出たから対策ができた」のではなく、「対策はあったのに使われていなかった」という順番だったわけです。

第2章 おわり — 次は第3章「パスワードの種類ずかん」

CHAP3

第3章 / 全8章

パスワードの種類ずかん(9種類)

ひとくちに「パスワード」といっても、実は9種類くらいあります。

ふだん「パスワード」と呼んでいるものには、実はいろいろな種類があります。ここでは代表的な9種類を、「何回使えるか」「誰が覚えるか」という視点でずかんにしました。

▼ パスワード種類ずかん(2026年8月時点の推奨)
種類どんなもの?使える回数2026年の評価
① 固定パスワード いちばんふつうの、自分で決める文字列 何度でも 主役だが単独では不安。長さが命
PIN スマホやWindowsのロックに使う4〜6桁の数字 何度でも 短くても安全(理由は下の注意書き)
③ パスフレーズ 単語をいくつかつなげた長い合言葉 何度でも 覚えやすく強い。おすすめ
④ TOTP
(認証アプリの数字)
30秒ごとに変わる6桁。Google認証システムなど 1回きり SMSよりずっと安全
⑤ SMSワンタイム ショートメールで届く数字 1回きり 格下げ中。無いよりマシ、程度
⑥ リカバリコード 「なくしたとき用」に発行される使い捨てコード 1回きり 紙に印刷して金庫へ。画面写真は危険
⑦ アプリパスワード 古いアプリ用にサービスが発行する専用のもの 何度でも 実質「2段階認証の抜け道」。要棚卸し
⑧ マスターパスワード パスワード管理アプリを開けるための親の鍵 何度でも これ1本だけは本気で長くする
初期パスワード ルーターなどに最初から入っているadmin 何度でも 最大の危険。買ったら即変更
🤔

「スマホのPINは4桁なのに、なぜ安全なの?」

とても良い質問です。答えは「試せる回数が決まっているから」。スマホのPINは間違えるとどんどん待たされ、最後はロックされます。だから4桁でも成立します。
いっぽう、盗まれたファイルの暗号キーは攻撃者の手元で無限に試せるので、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)は「ログイン用は10桁以上、ZIPなどの暗号キーは15桁以上」と使い分けを説明しています。桁数の話は「その場で何回試せるか」で決まる、というのがポイントです。

🚨 いちばん危ないのは「⑨ 初期パスワード」

パスワード管理サービスNordPassの2025年版調査(44か国の流出データを分析)によると、日本でいちばん多く使われていたパスワードは「123456」ではなく「admin」でした。これはルーターや防犯カメラなどの機器に最初から入っている初期値です。つまり「弱いパスワードを選んだ人が多い」のではなく、「機器を買ったまま、一度も変えていない人がとても多い」ということ。ちなみに米国・カナダの1位も「admin」、世界全体の1位は「123456」でした。

第3章 おわり — 次は第4章「入力したパスワードはどこへ行く?」

CHAP4

第4章 / 全8章

入力したパスワードはどこへ行く?

この章がこの図鑑の心臓部。ここが分かると、ニュースの見方が変わります。

あなたがログイン画面でパスワードを入力したあと、それはどこへ行くのでしょうか。「サービスの人が見られる場所に、そのまま保管されている」わけではありません(もしそうなら、その会社は失格です)。

ここで登場するのがハッシュという仕組みです。むずかしそうな名前ですが、やっていることは「ミキサーでジュースにする」だけです。

🥤 ハッシュ=元に戻せない「ミキサー」

あなたのパスワード sakura2011 ハッシュ関数 (ミキサー) Argon2id 保存されるのはコレだけ e84f9d3ab498… この向きには絶対に戻せない

りんごをミキサーにかければジュースになりますが、ジュースからりんごには戻せません。ハッシュもこれと同じで、一方通行です。だからサービス側は「あなたのパスワードそのもの」を持っていません。「パスワードを忘れた」でリセット用のリンクが届くのはこのためで、逆に元のパスワードをメールで教えてくるサービスがあったら、それは非常に危険なサインです。

ただし、ハッシュにするだけでは足りません。守りは4段階あります。ここが第5章・第6章のすべての土台になります。

▼ パスワードを守る4段階(下に行くほど強い)
段階たとえるなら解決する問題安全度
0. そのまま保存
(平文)
金庫に紙のまま入れる 何も解決しない 論外
1. ハッシュ ミキサーでジュースにする 盗まれても元に戻せない まだ不十分
2. + ソルト
(Salt=塩)
1人ずつ違うトッピングを足す 同じパスワードでも保存値が全員バラバラに。答え合わせ表が使えなくなる 合格ライン
3. + 遅い関数
(Argon2id等)
わざと時間のかかる調理法にする 1回試すのに時間がかかり、総当たりが割に合わなくなる 今の推奨
4. + ペッパー
(Pepper=こしょう)
お店だけが知る隠し味。レシピは別の金庫に データベースだけ盗まれても解読できない 最強
🧂

ソルトとペッパー、どこが違うの?

名前が似ていて混同されがちですが、役割は正反対です。
ソルト秘密ではありません。パスワードと一緒に保存してOK。目的は「全員の保存値をバラバラにすること」だけです。
ペッパー秘密です。データベースとは別の場所(専用の金庫のような機器)に置きます。だから「データベースが丸ごと盗まれた」というニュースが出ても、ペッパーがあれば中身は解読できません。

そして、この章でいちばん大事な逆説がこれです。

🚨 「速いハッシュ」は、パスワード保存では失格

ふつう、コンピュータの世界では「速い=良い」です。でもパスワードの保存だけは。速いということは、攻撃する側も1秒間に何億回も試せるということだからです。
だから「MD5は危険だからSHA-256を使おう」という説明は間違いです。SHA-256も十分に速すぎます。正解はArgon2id・scrypt・bcrypt・PBKDF2のような「わざと遅い」専用の方式を使うことです。どれくらい違うのかは、次の第6章で数字を見ます。

🎮 実際に体験してみる

自分のパスワードは何年もつ? シミュレータで確かめる

第6章で「解読される時間」の話をしますが、その前に自分のパスワードで試してみると理解がぐっと深まります。当サイトの体験ツールで確かめてみてください(入力した内容はどこにも送信されません)。

パスワード解読時間シミュレータへ →

第4章 おわり — 次は第5章「なぜ破られる? 攻撃ずかん」

CHAP5

第5章 / 全8章

なぜ破られる? 攻撃ずかん

攻撃には12種類ありますが、まず「2つのグループ」に分けると一気に整理できます。

パスワードが破られる話をするとき、多くの記事がごちゃまぜにしてしまう決定的な区別があります。それが「オンライン攻撃」と「オフライン攻撃」の違いです。ここを最初に分けると、あとの話が全部すっきりします。

▼ すべての攻撃は、この2グループのどちらか
 🚪 オンライン攻撃💻 オフライン攻撃
何をする?本物のログイン画面に、実際に打ち込んで試す盗んだデータを自分のパソコンに持ち帰って、こっそり試す
たとえると玄関の前で鍵を1本ずつ差してみる鍵の型を盗んで、家に持ち帰って合鍵を作る
速さ遅い(1秒に数回)とんでもなく速い(1秒に数億回)
効く対策回数制限、アカウントロック、画像認証それらは一切効かない。効くのは「長さ」と「サービス側の保存方式」だけ
代表例パスワードスプレー、リスト型攻撃総当たり、辞書攻撃

「10回間違えたらロックされるから安全」は半分だけ正解

アカウントロックが守ってくれるのはオンライン攻撃だけです。サービスからデータが流出してしまったあとは、攻撃者は自分のパソコンで好きなだけ試せるので、ロック機能はまったく関係ありません。そのとき残っている防御は「パスワードの長さ」と「サービスがどう保存していたか」の2つだけです。

この2グループを頭に入れたうえで、代表的な攻撃12種類を見てみましょう。右の3列が、この図鑑でいちばん見てほしい部分です。

▼ 攻撃ずかん12種と「何が効くか」の早見表
攻撃の名前どんな手口?種別長くすれば防げる?使い回しをやめれば?パスキーなら?
総当たり攻撃
(ブルートフォース)
ありえる文字の組み合わせを片っ端から試すオフライン◎ 効く
辞書攻撃よく使われる単語や過去に流出したパスワードを順に試すオフライン× 効かない
ルール攻撃passwordP@ssw0rd123!のような「人間の変換のクセ」を機械で展開オフライン× 効かない
レインボーテーブルあらかじめ作った答え合わせ表で一瞬で逆引きオフライン
リスト型攻撃
(クレデンシャルスタッフィング)
他社から漏れたIDとパスワードの組を、そのまま別のサイトに流し込むオンライン× 効かない◎ 効く
パスワードスプレー1つのよくあるパスワードを、大量のIDに広く浅く試す(ロック回避が目的)オンライン◎ 効く
フィッシング本物そっくりの偽サイトに自分で入力させるだます× 効かない×
リアルタイム中継
(AiTM)
偽サイトが入力を本物へ即転送。パスワードもワンタイムも同時に奪うだます× 効かない×
情報窃取マルウェア
(インフォスティーラー)
パソコンに入り込み、ブラウザに保存された全パスワードを吸い出す盗む× 効かない×
キーロガーキーボードの入力をこっそり記録する盗む× 効かない×
SIMスワップ携帯番号を乗っ取り、SMSのワンタイムを受け取る盗む
MFA疲労攻撃承認通知を何度も鳴らし、「うるさいから」と押させるだます
⚠ この表から読み取ってほしい、たった1つのこと

「長くすれば防げる?」の列を見てください。◎はたった2つしかありません。つまり、パスワードを長く複雑にするだけでは、12種類のうち10種類は防げないということです。
だから世界中の専門機関が「長さ」だけでなく「使い回さない」「多要素認証」「パスキー」をセットで勧めているわけです。パスワードを頑張るのは大事ですが、それだけでは足りません。

実際、いま最も多い被害の入り口は「推測された」ではなく「どこかから漏れたものを使い回された」です。ネットワーク大手Cloudflareの2025年3月の調査(150億件超の流出データと照合)では、ログインに成功したうちの41%が、すでに流出済みのパスワードを使っていたと報告されています。

第5章 おわり — 次は第6章「解読される時間の真実」

CHAP6

第6章 / 全8章

数字で見る「解読される時間」の真実

「8文字は数秒で破られる」という表、実は前提を知らないと大間違いになります。

ネットでよく見る「パスワード解読時間の表」。あれは米セキュリティ企業Hive Systemsが毎年出しているもので、2026年版は2026年7月14日に公開されました。まず最新版の数字を見てみましょう。

▼ Hive Systems 2026年版:ランダムなパスワードが破られるまでの時間
長さ小文字だけ
abcdefgh
+数字
a1b2c3d4
+大文字
aB1cD2e3
+記号
aB1!cD2@
8文字2週間3か月3年132年
10文字2年200年20万年超数百万年
12文字200年20万年超天文学的天文学的
16文字天文学的天文学的天文学的天文学的

ここで大事なのは、この表には4つの「前提」があるということです。前提を知らずにこの表だけ見ると、真逆の結論を出してしまいます。

▼ この表が成り立つための4つの前提条件
前提内容もし違ったら?
① 保存方式サービス側がbcrypt(強度10)で保存していることMD5で保存されていたら、けた違いに速く破られる
② すでに盗まれている攻撃者が保存データを手に入れた後の話(=オフライン攻撃)ログイン画面への総当たりの話ではない
③ 完全にランダムサイコロで決めたような、意味のない文字列であること人間が考えたものは、はるかに速く破られる
④ まだ漏れていないそのパスワードが過去の流出リストに載っていないこと載っていたら約3秒で終わり
🚨 「132年」と「3秒」のあいだにあるもの

Hive Systems自身がはっきり書いています。「使い回している・辞書に載っている・すでに流出しているパスワードは、総当たりに入る前の推測段階でおよそ3秒で破られる」と。
つまり同じ8文字でも、ランダムに作れば132年、どこかで見たことのある文字列なら3秒。この差は「長さ」でも「記号を混ぜたか」でもなく、「その文字列がすでに世の中に知られているかどうか」で決まります。順番としては、長さより先にこちらが大事です。

もうひとつ、ほとんど語られない事実があります。あなたのパスワードの寿命は、実はあなたではなく「サービス側の保存方式」で決まるということです。同じグラフィックボード1枚で、方式によって計算速度がどれだけ違うか見てください。

⚡ 1秒間に何回試せるか(GPU「RTX 5090」1枚での実測値)

NTLM3,401億回
MD52,206億回
SHA-1702億回
SHA-256284億回
PBKDF21,120万回
bcrypt(強度10)約8,700回
scrypt約7,760回

※ 下の3つはバーがほとんど見えません。これは不具合ではなく、それだけ遅いということです。そしてこの「遅さ」こそが正解です。
※ MD5とbcrypt(強度10)の差はおよそ2,500万倍。つまり、MD5なら1秒で終わる作業に、bcryptだと約290日かかる計算になります。
※ 出典:hashcat公式コミュニティによるRTX 5090の実測ベンチマーク(2025年2月)およびHive Systems 2026年版から換算。

🤖

「AIでパスワードが一瞬で破られる」は本当?

意外な答えですが、Hive Systemsの2026年の検証では、AI学習用の高価な専用チップは、パスワード解読ではゲーム用のグラフィックボードに勝てませんでした(多くの場合むしろ遅かった)。
では2026年に解読が24%速くなった理由は何かというと、「AIの助けで、たくさんのマシンをまとめて動かす作業が簡単になったから」です。AIがハードウェアを速くしたのではなく、AIが「段取り」を楽にした、というのが実態です。過度に怖がる必要はありませんが、解読速度が年に20〜25%ずつ速くなっているのは事実です(8文字は2024年225年→2025年164年→2026年132年)。

第6章 おわり — 次は第7章「結局どうすればいい?」

CHAP7

第7章 / 全8章

結局どうすればいい? おすすめ設定

ここまでの話をぜんぶ踏まえた、2026年8月時点での最適解です。

まず、学校や会社で教わった常識のうち、いくつかはもう古いということを知ってください。世界標準を決めているアメリカのNIST(国立標準技術研究所)が、2025年7月31日に新しいルール(SP 800-63B-4)を正式に出しています。

▼ よくある常識 vs 2026年の正解
よく言われること2026年の正解なぜ?
パスワードは定期的に変えよう変えなくてよい強制すると人は「Pass01→Pass02」のように単純化・使い回しをするから。漏れた証拠があるときだけ即変更
大文字・数字・記号を必ず混ぜようサービス側が強制するのは禁止P@ssw0rd1!のような変換は攻撃側に読まれている。効くのは長さありふれていないこと
秘密の質問を設定しておこう使ってはいけない母親の旧姓も出身小学校も、SNSを見れば分かってしまうから
パスワードのコピペは禁止すべきむしろ許可が義務コピペを禁止するとパスワード管理アプリが使えず、人は簡単なものを選ぶから
パスワード管理アプリは危ない使うべき(ただし条件つき)使い回しのリスクのほうが桁違いに大きい。詳しくは下の注意書き
8文字あれば十分パスワードだけなら15文字以上2段階認証と組み合わせるなら8文字以上でよい、という二段構え

ここで面白いのが、日本の公的機関とアメリカの基準に「ズレ」があることです。どちらが間違いというわけではなく、更新のタイミングの差です。

▼ アメリカ(NIST)と日本(総務省・NISC・IPA)の比較
項目アメリカ NIST(2025年7月)日本の公的機関
最低の長さパスワードだけなら15文字総務省・NISC:10文字(10桁)以上
文字種を混ぜるサービス側の強制は禁止総務省:混ざっているのが好ましい(利用者へのお勧め)
定期変更要求してはいけない同じく不要(2024年5月に総務省が明記)
管理アプリ許可が義務「使うことも推奨されます」
SMS認証制限付きに格下げまだ格下げには言及していない
📌

「文字種を混ぜる」の話がややこしい理由

NISTが禁止しているのは「サービス側が利用者に強制すること」であって、「あなたが自分の意思で混ぜること」ではありません。主語が違うのです。
自分で長くてランダムなパスワードを作るなら、記号が入っていても何の問題もありません。問題なのは「必ず記号を1つ入れろ」と強制されて、みんなが末尾に!を付けるという予測しやすいパターンが生まれることです。

✅ 今日からできる、おすすめの5ステップ

  • ステップ1:メールアカウントを最優先で強化する メールは「パスワードを忘れた」の受け皿=すべてのアカウントの親の鍵です。ここが破られると全部が連鎖します。まずここに2段階認証を。
  • ステップ2:使い回しをやめる 12種の攻撃のうち最も多い「リスト型攻撃」は、これだけで完全に防げます。全部を一度に直すのは無理なので、お金と個人情報が絡むものから。
  • ステップ3:パスワード管理アプリに覚えさせる 人間が数十個のランダムな文字列を覚えるのは不可能です。覚えるのはマスターパスワード1本だけにして、それを本気で長くします。
  • ステップ4:2段階認証をONにする できればSMSではなく認証アプリ(TOTP)、さらに可能ならパスキーで。
  • ステップ5:家のルーターの初期パスワードを変える 日本で最も使われているパスワードがadminだった件を思い出してください。買ったまま放置していないか、今日確認しましょう。

覚えるパスワードを作るときは、パスフレーズがおすすめです。「意味のつながらない単語をいくつか並べる」だけで、覚えやすくて長いものが作れます。ただし文章にしないこと。文章になっていると、言葉のつながりを予測する攻撃で弱くなります。

⚠ パスワード管理アプリの「条件つき」とは

公的機関の推奨は明確に「使え」です。ただし無条件ではありません。①2022年のLastPass社の情報流出では、のちに米当局が約1億5,000万ドル規模の暗号資産の窃取と関連付けており、特に古い設定のまま使い続けていた利用者が危険でした。②2025年8月には、主要な管理アプリのブラウザ拡張機能に、透明な仕掛けで自動入力をだまし取る手法が報告されています(研究発表:DEF CON 33)。
結論は「使う。ただしマスターパスワードは十分に長く、アプリは常に最新版にし、自動入力は自動まかせにせず自分で押す」です。

🧠 クイズで復習する

川柳・俳句で覚える「パスワード編」全55問

この章の内容を、五・七・五のクイズで楽しく確認できます。通学・通勤中の暇つぶしにもどうぞ。

パスワード編クイズへ →

第7章 おわり — 次は最終章「未来のパスワード」

CHAP8

第8章 / 全8章

未来のパスワード=パスキー

「パスワードを無くす」という発想。仕組みが分かると、なぜ強いのか腑に落ちます。

ここまで見てきたように、パスワードには構造的な限界があります。「秘密を相手に送る」という時点で、盗まれる・だまし取られる可能性が消えないからです。

そこで登場したのがパスキーです。発想がまるで違います。秘密を送るのをやめてしまったのです。

🔑 パスキーの仕組み=「秘密は送らない」

あなたのスマホ・パソコン 秘密鍵 ここから一歩も外に出ない 指紋・顔・PINで 鍵の使用を許可 署名だけ お題 サービスのサーバー 公開鍵 盗まれても悪用できない 署名が正しいか 確認するだけ 偽サイト ドメインが違うと 鍵が反応しない サーバーに秘密が無いので、サーバーが漏れても乗っ取られない

パスキーは鍵を「2本ペア」で作ります。秘密鍵はあなたの端末から一歩も出ません。サーバーに預けるのは公開鍵だけで、これは盗まれても悪用できません。ログインのときは、サーバーから届いた「お題」に秘密鍵で署名して返すだけ。合言葉そのものを送らないので、途中で盗み聞きされても意味がないのです。

パスキーが「フィッシングに強い」と言われる理由は3つあります。

▼ パスキーがパスワードより強い3つの理由
理由内容これで防げる攻撃
① 秘密を送らないサーバーには公開鍵しかない。流出しても、そこから成りすませる情報が出てこないデータ流出、リスト型攻撃
② 機械が相手を確認する署名に「どのサイトか」が組み込まれ、ドメインが違うと鍵がそもそも反応しないフィッシング、リアルタイム中継(AiTM)
③ 使い回しが不可能サイトごとに違う鍵ペアが自動で作られる使い回しによる連鎖被害

とくに②が革命的です。今までは「偽サイトを人間が見抜く」必要がありましたが、パスキーでは機械が自動で見抜いてくれます。人間の注意力に頼らなくてよくなった、というのが最大の進歩です。

実際の効果も出ています。国内ではメルカリが2025年5月にパスキー登録者1,000万人を突破し、パスキーで認証したアカウントについてはフィッシングが原因の不正利用の報告がゼロと公表しています。

⚠ ただし「パスキーにすれば万能」ではありません

パスキーにも弱点はあります。いちばん大きいのは「復旧の入り口」です。パスキーを設定しても、そのアカウントに「パスワードでログイン」や「SMSで本人確認」という古い方法が残っていれば、攻撃者は迷わずそちらを狙います。これをダウングレード攻撃と呼びます。
言いかえると、あなたのアカウントの本当の強さは「いちばん弱い入り口」で決まります。玄関を最新の電子錠にしても、裏口が開いていたら意味がないのと同じです。パスキーを設定したら、古い認証方法を減らせないかも確認してください。

業界の動きも急速です。2026年5月、FIDOアライアンスは世界で使われているパスキーが約50億本に達したと発表しました。さらにMicrosoftは2026年9月1日から法人向けID基盤でパスキーを既定の方式にし、2027年2月1日にはSMS・音声による認証を廃止すると表明しています。

▼ 2026年5月時点のパスキー普及状況(FIDOアライアンス調査/10か国・消費者11,000人)
指標数字
世界で使われているパスキー約50億本
パスキーを知っている人90%
1つ以上のアカウントで有効にしている人75%
使える場面で日常的に使っている人49%
上位100サイトのうち対応済み48%
従業員向けに導入済み/導入中の企業68%
✅ この図鑑のまとめ

1. パスワードは「コピーされても気づけない」秘密。だから漏れる前提で守る。
2. ソルトは1979年、bcryptは1999年の技術。守りの発明のほうが、実は攻撃より先を行っていた。
3. 攻撃には12種類あるが、長くするだけで防げるのは2種類だけ
4. 「8文字132年」は、ランダムかつ未流出の場合だけ。心当たりのある文字列なら3秒
5. 定期変更は不要、記号の強制も不要、秘密の質問は使わない。効くのは長さ・使い回さないこと・2段階認証
6. 未来はパスキー。ただし古い入り口を残したままだと意味がない

第8章 おわり — お疲れさまでした。最後にFAQです

よくあるFAQ

補足 / よくある質問

よくある質問

読んだあとに残りやすい疑問に答えます。

結局、何文字にすればいいですか?

2段階認証と組み合わせるなら8文字以上、パスワードだけで守るなら15文字以上(NISTの基準)。日本の総務省・NISCは10桁以上としています。迷ったら「パスワード管理アプリに16文字以上でランダム生成させる」のがいちばん確実で、しかも一番ラクです。

自分のパスワードが漏れているか調べる方法はありますか?

あります。Have I Been Pwnedという有名なサービスで確認できます(メールアドレスで検索)。ただし必ず公式サイトを使ってください。「漏えいチェック」を名乗る偽サイトはフィッシングの定番です。なお公式のパスワード検索は、入力したパスワードそのものを送らない仕組み(送るのはハッシュの先頭5文字だけ)になっています。

ブラウザにパスワードを保存するのは危険ですか?

「何もしない・使い回す」よりははるかに良いです。ただし第5章の情報窃取マルウェアが狙うのはまさにそこなので、パソコン自体が感染したら一気に抜かれます。可能なら専用のパスワード管理アプリを使い、そのアプリにも2段階認証をかけてください。

パスキーを設定したら、パスワードは消していいですか?

サービスが「パスワードを削除する」機能を用意している場合は、消したほうが安全です(弱い入り口を減らせるため)。ただし復旧手段を失わないよう、必ず先にリカバリコードを紙に印刷して安全な場所に保管してください。まだパスワード削除に対応していないサービスも多いので、その場合はパスワードを長くしたまま残すことになります。

スマホをなくしたら、パスキーはどうなりますか?

いま主流の「同期パスキー」は、Apple・Google・Microsoftなどのクラウド経由で他の端末にも共有されているため、新しい端末にログインすれば復活します。逆に言えば、そのクラウドアカウント自体の守りがそのままパスキーの強さの上限になります。だからApple ID・Googleアカウント・Microsoftアカウントは最優先で強くしてください

「パスワードは意味のない文字列にしろ」と言われますが、覚えられません。

覚えなくて大丈夫です。覚えるべきパスワードは、原則2〜3個だけにしましょう(パスワード管理アプリのマスターパスワード、パソコンのログイン、スマホのロック)。それ以外はアプリに任せます。そして、その2〜3個はパスフレーズ(意味のつながらない単語をつなげたもの)で作ると、長くて覚えやすいものになります。

FAQ おわり

📚 もっと深く知りたい人へ

この図鑑の各章を、さらに掘り下げた記事

この図鑑は「全体地図」です。気になった章があれば、下の記事で1つのテーマを深く扱っています。

・第5章の攻撃手口を詳しく:ハッカーの手口を徹底解剖
・使い回しの危険性:パスワード使い回しの危険性と対策
・管理アプリの選び方:無料の標準機能 vs 有料の専用アプリ
・第8章のパスキー設定手順:二段階認証・パスキーの設定方法
・パスキーの弱点をさらに詳しく:パスキーが突破される原因と対策
・リアルタイム中継フィッシング:多要素認証突破を防ぐ方法7選
・認証方式の全体像:多要素認証・生体認証・パスキー・FIDOって何?

📚 出典・参考にした一次情報(すべて2026年8月3日に確認)

  • NIST『SP 800-63B-4 Digital Identity Guidelines』最終版 2025年7月31日発行 — csrc.nist.gov
  • OWASP『Password Storage Cheat Sheet』(Argon2id・bcrypt・scrypt・PBKDF2の推奨値) — cheatsheetseries.owasp.org
  • IETF『RFC 9106: Argon2』2021年9月 — rfc-editor.org
  • Morris, R. & Thompson, K.『Password Security: A Case History』CACM 1979年(ソルトの初出)
  • 総務省『国民のためのサイバーセキュリティサイト』 — soumu.go.jp
  • NISC『パスワードは何桁なら大丈夫?』2022年7月5日 — cyber.go.jp
  • IPA『不正ログイン対策特集ページ』 — ipa.go.jp
  • Hive Systems『2026 Password Table』2026年7月14日公開 — hivesystems.com
  • FIDO Alliance『World Passkey Day 2026』2026年5月7日(パスキー50億本) — fidoalliance.org
  • Microsoft Security Blog『Passkeys are the default authentication method in Entra ID』2026年7月13日 — microsoft.com
  • Cloudflare Blog『Password reuse is rampant』2025年3月17日(成功ログインの41%が流出済みパスワード) — blog.cloudflare.com
  • NordPass『Top 200 Most Common Passwords』2025年版(日本1位はadmin) — nordpass.com
  • Have I Been Pwned — haveibeenpwned.com
  • hashcat コミュニティによるRTX 5090 実測ベンチマーク(2025年2月10日)
  • メルカリ『パスキー登録者数1,000万人突破』(mercan)

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