「オンライン教材なら、多くの人に同じように届けられる」「高齢世帯は、ネットではあまり買い物をしない」「情報流出が横ばいなら、状況も変わっていない」。数字を見て、そんな印象を持つことはないでしょうか。
今回、統計を内訳まで読み直すと、最初の印象とは違う姿が見えてきました。共通して役立ったのは、数字を見る前に「誰を対象に、何を分母にした数字か」を確かめることです。
総務省の「家計消費状況調査」「科学技術研究調査」を軸に、厚生労働省の学習調査と、民間のカード情報流出レポートも読み合わせました。4つすべてが総務省の統計という意味ではありません。異なる調査の数値を、同じ人や企業のデータとして直接結び付けることもしていません。
見えてきた4つの特徴と、そこからサイバーセキュリティ教育や対策を考える際のヒントを紹介します。
発見 01
学んだ人の方法が似ていても、全体への届き方は違う
まずは「学び方」です。厚生労働省の令和3年度能力開発基本調査では、自己啓発をした人のうち、eラーニングを選んだ割合は正社員38.8%、正社員以外38.1%でした。ここだけを見ると、雇用形態による違いは小さく見えます。
ところが、その前の段階である「そもそも自己啓発をしたか」を確認すると、44.7%と20.1%でした。
| 見る段階 | 正社員 | 正社員以外 |
|---|---|---|
| 対象労働者のうち、自己啓発を実施 | 44.7% | 20.1% |
| 自己啓発の実施者のうち、eラーニングを選択 | 38.8% | 38.1% |
| 対象労働者全体でのeラーニング実施割合(概算) | 17.34% | 7.66% |
同じ調査の対応する割合を掛け合わせると、対象労働者全体でeラーニングを実施した割合は、約17.34%と約7.66%になります。
正社員:44.7 × 38.8 ÷ 100 = 17.3436%
正社員以外:20.1 × 38.1 ÷ 100 = 7.6581%
つまり、学んだ人の中での方法の違いよりも、学習に参加する割合の違いが大きいという結果です。学んだ人だけを見て「オンラインで同じように届いている」と判断すると、参加する前の差を見落とします。
セキュリティ教育を企画するなら、教材の形式に加えて「受講を始められる条件」も確かめる価値があります。時間の確保、案内の届き方、受講対象の範囲などを調べると、改善する場所を見つけやすくなりそうです。
これは一般的な自己啓発の調査であり、セキュリティ研修の受講率や被害防止効果ではありません。時間・費用・職種・本人の希望・会社の支援などは、この比較では調整していません。差が生じた原因までは特定できません。
調査名は2021年度ですが、ここでの自己啓発の実績は2020年度です。対象は常用労働者30人以上の調査対象事業所に属する労働者で、日本の働く人すべてを表す割合ではありません。方法は複数回答、公表値からの計算は丸めを含む概算です。
出典:厚生労働省「令和3年度能力開発基本調査」2026年5月25日訂正後の個人調査の結果概要(PDF・印刷47、49ページ、図70・72)。対応する第7表「7-2」のC24・C25、M24・M25を照合。訂正のお知らせ。
発見 02
高齢世帯のネット購入額は、平均の取り方で印象が変わる
次は、総務省の2024年「家計消費状況調査」です。二人以上の世帯について、インターネットを利用した支出を世帯主の年齢別に比べました。
70歳以上の世帯の平均支出は月1万3,193円。40~49歳の3万4,740円と比べると約38%です。しかし、実際に利用した世帯に限った平均にすると、4万524円と4万7,045円で、約86%まで近づきます。
| 世帯主の年齢 | 利用しない世帯も含む平均 | 利用世帯に限った平均 |
|---|---|---|
| 40~49歳 | 34,740円 | 47,045円 |
| 70歳以上 | 13,193円 | 40,524円 |
棒は支出金額の比を示します。利用している人や世帯の割合ではありません。
ここからわかるのは、全体平均の低さを、そのまま「使っている世帯も少額しか買わない」とは読めないということです。利用する世帯の割合と、利用した世帯での支出を分けて見る必要があります。
年齢層全体の平均だけで、ネット購入の注意喚起の優先度を決めると、実際に利用している世帯を見落とすおそれがあります。「これから使う世帯への案内」と「使っている世帯の困りごと」を分けて調べると、届ける内容を考えやすくなります。
年齢は世帯主の年齢です。実際に注文操作をした人の年齢はわかりません。また、二人以上の世帯の月次集計を年平均した数字で、単身世帯や、年間に一度でも購入した人全体の平均ではありません。購入額から詐欺の被害確率も求められません。
ここでの「ネット支出」には、ネットで予約し、現地などで決済する支出も含まれます。すべてがオンラインのカード決済金額という意味ではありません。
出典:総務省統計局「家計消費状況調査」年次原表(e-Stat)。2024年・二人以上の世帯・世帯主年齢40~49歳/70歳以上・インターネットを利用した支出総額を抽出。2024年の結果概況(PDF)、調査・推計方法(PDF)。
発見 03
カード情報流出が横ばいでも、事件の中身は同じとは限らない
ネット購入の統計と並べて読んだのが、Cacco・リンクによる「キャッシュレスセキュリティレポート2025」です。これは民間の公表事件集計で、総務省の統計ではありません。
| 集計項目 | 2023年 | 2024年 |
|---|---|---|
| 事件数 | 37事件 | 37事件 |
| 流出情報の件数 | 536,291件 | 540,722件 |
事件数は同じで、流出情報の件数は約0.83%増。総数だけなら、ほぼ横ばいに見えます。
ただし、2023年には大規模なダイレクトメールの誤印刷事故が含まれています。資料では、この事故を除くと2023年の流出情報は24万5,520件とされています。総数のかなりの部分を、一つの事故が占めていたわけです。
一方、2024年側にも設定ミスに関する記述があり、年をまたいだ事故・窃取などの分類対応には確認が必要です。片方の年だけ一部の事故を除き、もう片方の総数と比べても、同じ条件での攻撃増加率にはなりません。
「総数が同じだから、同じ対策を続ければよい」とは限りません。公表事件を事故の種類、侵入経路、発見までの期間などで分けると、総数では見えなかった点検箇所が見つかる可能性があります。
この集計は一意の被害者数や実際の金銭被害額を示していません。事件の数え方にも、加盟店のサイトごとに数える場合と、委託事業者への一連の攻撃をまとめる場合があります。長期間にわたる流出もあり、2024年の公表集計をすべて2024年に始まった攻撃とは扱えません。
家計のネット購入額と、この流出件数を割り算して「購入者の被害率」を作ることもできません。対象者・取引・期間の対応がなく、ネット購入の増加が情報流出を起こしたかは、今回のデータでは未確認です。
出典:Cacco・リンク「キャッシュレスセキュリティレポート2025」印刷3~5ページ(PDFの6~8ページ)。発行元のレポート案内。数値は保存済みの2025年版原資料で照合しました。2026年版の最新値を確認したという意味ではありません。
発見 04
研究者が増えても、分母を変えると密度は下がる
最後は、総務省の「科学技術研究調査」です。企業の研究者数を、研究に使った時間で換算すると、2024年調査の52万3,548人相当から、2025年調査の52万6,258人相当へ増えていました。
ところが、その人数を従業者数で割った「研究者の密度」は、どの企業群を分母にするかで変化の向きが違いました。
| 分母とした範囲 | 2024年調査 | 2025年調査 |
|---|---|---|
| 研究を実施している企業の従業者 | 798.7人相当 | 822.4人相当 ↑ |
| 調査対象企業全体の従業者 | 226.1人相当 | 207.6人相当 ↓ |
これは矛盾ではありません。「研究を実施している企業の中で、研究人材の投入がどの程度あるか」と「調査対象企業全体で、研究人材の投入がどの程度あるか」は、異なる問いだからです。分子が増えても、それ以上に分母が増えれば、比率は下がります。
さらに、2025年調査の研究者は実人数で61万644人、研究時間による換算では52万6,258人相当です。ここでの時間換算は、兼務も含めて研究業務に使う時間の割合を反映したものです。差を「空いている人員」や「別の仕事に回せる余裕」と読むことはできません。
研究者や技術者の多さから、サイバーセキュリティの対応力を推測するのは慎重にしたいところです。対応体制を知るには、「誰がどの仕事を担当するか」「投入できる時間や権限はあるか」「外部委託先とどう分担するか」を、同じ組織について確かめる必要があります。
ここでの全体は、日本のすべての企業ではありません。指定産業の資本金等1,000万円以上の会社や大学等出資会社などが対象です。人員は各調査年の3月31日時点。各年の推計値で、同じ企業だけを追い続けた比較ではありません。研究者密度の変化から、同一企業の技術力やセキュリティ対策の効果は判断できません。
出典:総務省統計局「科学技術研究調査」企業の通常表(e-Stat)、企業の実数表(e-Stat)。2024・2025年、全産業・資本金総数の対応項目を抽出。2025年結果の概要・用語の定義(PDF)。密度は同じ範囲の研究時間換算人数と各従業者数から計算し、小数第1位に丸めています。
数字から対策を考えるときに、確かめたい3点
4つの分析で役立ったのは、数字を細かく分けて、意味がどこまで変わるかを確かめることでした。次に統計やニュースの数字を見るときは、次の3点から確認してみてください。
- 誰を分母にしているか。
全対象なのか、学んだ人だけなのか、利用した世帯だけなのか。入口で対象が絞られていないかを確認します。 - 何を数えているか。
人、世帯、情報の件数、事件、時間換算人数は、それぞれ意味が違います。購入額を被害率に、研究者数を安全担当者数に置き換えないようにします。 - 同じ条件で比べているか。
対象期間、分類、公表版、対象企業の範囲をそろえます。総数だけでなく、内訳の入れ替わりも確認します。
異分野のデータを読み合わせると、すぐに答えが出るとは限りません。それでも、「同じように見えた数字の、何が違うのか」がわかると、次に集めるデータや、現場で確かめることが具体的になります。
今回の4つの結果は、教育や被害防止の効果を証明したものではありません。平均や総数の裏にある違いを見つけ、対策について考えるための出発点です。
集計と出典について:公表原表・訂正版・原資料を照合した記述分析です。記事中の割合や密度の一部は表示値から再計算し、丸めを含みます。異なる調査の個人・世帯・企業を結合した分析ではなく、4つの結果が同じ因果関係を裏付けるわけでもありません。資料確認日は2026年10月24日で、統計対象期間は各節の記載に従います。


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