Googleパスワードマネージャーに脆弱性?Pass-ta-keyとは?パスキーがマルウェアに乗っ取られる新しい攻撃を図解でやさしく解説

🔑 パスキー / 2026年8月の新研究

Pass-ta-keyとは?
パスキーがマルウェアに乗っ取られる新しい攻撃を図解でやさしく解説

「パスキーにすれば安全」と言われてきましたが、2026年8月、その前提を揺さぶる研究が公開されました。ただし「パスキーが破られた」わけではありません。何が起きて、あなたに関係があるのかを、いちばんやさしい言葉で整理します。

「パスキーにすれば、もうパスワードの心配はいらないって聞いたのに」
「パスキーが破られたってニュースを見たけど、私も何かしなきゃいけないの?」
「そもそもパスキーって、結局どこに保存されているの?」

2026年8月3日、セキュリティ企業 Palo Alto Networks の調査部門 Unit 42 が、パスキーに対する新しい攻撃手法を公開しました。名前は Pass-ta-key(パス・ザ・キー)。ニュースの見出しだけを見ると「パスキーが破られた」と読めてしまいますが、それは正確ではありません

実際に起きたのは、もっと地味で、しかしもっと本質的なことでした。この記事では、専門用語をできるだけ日常のたとえに置き換えながら、①何が起きたのか ②あなたに関係があるのか ③今日から何をすればいいのかの3つに答えていきます。

⚠️ この記事の前提
本文の内容は、執筆時点(2026年8月5日)で確認できた Unit 42の公開レポートおよび複数の海外報道 にもとづいています。この分野は動きが速く、Googleの修正状況も変わっていく可能性があります。また、この記事は仕組みの理解と自衛のために書かれたもので、攻撃を再現する手順は一切書いていません。設定を変更する際は、必ずお使いのサービスの公式ヘルプで最新の状態を確認してください。

CHAP1

第1章 / 全9章

🔑 Pass-ta-keyとは何か ── 一言でいうと

まず、いちばん大事な「誤解しやすい点」から

ニュースを読むときに、まずここだけ押さえてください。

💡

一言でいうと

「パスキーの暗号が破られた」のではなく、「パソコンがウイルスに感染していると、パスキーでも守りきれない道が見つかった」という研究です。研究者自身も「暗号は破っていない」とはっきり書いています。

もう少しだけ丁寧に言い直します。パスキーの中心にある暗号技術(公開鍵暗号)には、今回まったく傷がついていません。破られたのは暗号ではなく、その周りにある「日常の手続き」のほうでした。具体的には、こんな手続きです。

  • この端末は本人のものかを確かめる手続き
  • 機種変更したときにパスキーを引き継ぐ手続き
  • 新しい端末を登録するときの手続き
  • Webサイト側が「本人確認済み」の印をちゃんと見ているか

玄関の鍵をどれだけ頑丈にしても、合鍵を作る手続きがゆるければ意味がない──今回の話は、まさにそれです。

この記事を象徴する、ひとつのたとえ

多くの人が、パスキーについてこう理解しています。

「パスキーの鍵は、パソコンの中の金庫(TPM)に入っている。
だから絶対に取り出せない」

ところが、Googleのパスワードマネージャーで複数の端末に同期されるタイプのパスキーでは、この理解が当てはまりません。

金庫の中に入っていたのは「鍵」ではなく、
「あなたの社員証」だった。

鍵そのものは、暗号化された状態でクラウドの倉庫に預けられています。金庫にあるのは、その倉庫に「私は本人です」と名乗るための社員証です。

そして今回の攻撃は、金庫をこじ開けたのではなく、金庫に「その社員証でハンコを押して」と頼んだだけでした。金庫は、頼んできたのが本人かどうかを見分けません。ここが、この記事でいちばん重要な一点です。

ではなぜ金庫は見分けてくれないのか。なぜ倉庫は偽の社員証を疑わないのか。それを第3章以降で順番にほどいていきます。その前に、多くの方が真っ先に知りたいであろう「で、私は関係あるの?」に先に答えます。

第1章 おわり — 次は第2章

CHAP2

第2章 / 全9章

🧭 あなたは影響を受ける? 4タイプ診断

結論から言うと、多くの人はいますぐ何かする必要はありません

この研究が検証したのは、とても限定された組み合わせです。あなたがどれに当てはまるか、まず確認してください。

あなたのタイプ使っている環境今回の研究の対象どう受け止めればいい?
① Windows派 Windowsパソコン+Chrome+Googleパスワードマネージャーにパスキーを保存 対象そのもの この記事の内容がそのまま当てはまります。第9章の対策を読んでください
② Apple派 iPhone・Mac+iCloudキーチェーンにパスキーを保存 検証されていない 「安全と証明された」わけではなく単に調べられていないだけ。考え方は同じなので油断はしない
③ 端末だけ派 Windows Helloなど、その端末からしか使えないパスキー(同期しない) 検証されていない 同期しないぶん「全部まとめて盗まれる」リスクは構造的に小さい
④ 物理キー派 YubiKeyなどUSB型のセキュリティキー 対象外 鍵が物理的に外にあるため、今回の3つの攻撃はそのままでは通用しません
⚠️

「対象外」と「検証されていない」は違います

ネットの記事では②③がまとめて「安全」と書かれることがありますが、正確ではありません。Unit 42が調べたのは Windows+Chrome+Googleパスワードマネージャー だけです。他が安全だと確認されたわけではなく、まだ誰も同じ角度から調べていないというのが本当のところです。ここは誠実に区別しておきましょう。

そして、全タイプに共通する大前提

もうひとつ、絶対に外せない条件があります。

🚨 すべての攻撃に共通する前提:先にウイルス感染していること
今回の3つの攻撃は、どれも「あなたのパソコンで、すでに悪意あるプログラムが動いている」ところから始まります。危ないサイトを見ただけ、偽メールのリンクを踏んだだけでは発生しません。専門用語では post-compromise(感染後の攻撃) と呼びます。

つまり敵はもう家の中にいる状態です。この段階に至れば、パスキーに限らず何を使っていても厳しい戦いになります。

ここまで読んで「じゃあ大したことないのでは」と思われたかもしれません。半分はそのとおりです。しかし、残りの半分に見過ごせない点があります。

🔍

見過ごせない点:管理者権限がいらない

今回の攻撃は、管理者権限(「このアプリに変更を許可しますか?」の画面)を一度も必要としません。さらに、パソコンのロックを解除する必要もなく、あなたが何かをクリックする必要もありません。「怪しいソフトに管理者権限さえ渡さなければ大丈夫」という、多くの人がなんとなく持っている安心感が、ここでは通用しないのです。

「感染しなければ大丈夫」は正しい。けれど「感染しても管理者権限を渡さなければ大丈夫」は間違い。この線引きの変化こそが、今回いちばん実務的に重い部分です。

あわせて読みたい

そもそも「パスキーが突破される」全体像を先に知りたい方へ

今回のPass-ta-keyは、パスキー突破の手口のうち「感染後」に分類される一種です。フィッシングによる突破、セッション乗っ取り、親アカウント経由の連鎖乗っ取りといった全体マップは、こちらの記事で詳しく整理しています。先に読んでおくと、この記事の位置づけがはっきりします。

パスキーが突破される原因と対策を見る →

第2章 おわり — 次は第3章

CHAP3

第3章 / 全9章

🔐 30秒でわかるパスキーの仕組み

第4章の「核心」を理解するための、最小限の予備知識

ここは飛ばしても構いませんが、読んでおくと第4章がぐっと分かりやすくなります。すでにご存じの方は次の章へどうぞ。

パスキーは「合言葉」ではなく「ハンコ」

パスワードは合言葉です。相手に伝えることで本人だと認めてもらう仕組みなので、伝えた瞬間に盗まれる危険がついてまわります。

パスキーはハンコに近い仕組みです。パスキーを作ると、対になる2つのデータができます。

名前たとえるならどこにある?役割
公開鍵役所に届け出た印鑑登録の情報Webサイト側ハンコが本物かどうかを照合する
秘密鍵ハンコそのものあなたの側実際に押印する(署名する)

ログインのときは、こう進みます。

  1. Webサイトが「この紙にハンコを押してください」と、毎回ちがう紙(チャレンジ)を送ってくる
  2. あなたの端末が、指紋や顔、PINで本人確認する
  3. 秘密鍵でその紙に押印する(=署名する)
  4. 押印した紙だけを送り返す。ハンコ本体は送らない

ハンコ本体が一度も外に出ないので、途中で通信を盗み見られても押印の再現ができません。これがパスキーの強さです。

フィッシングに強い、本当の理由

もうひとつ、パスキーには重要な性質があります。パスキーは、作られたときのWebサイトのアドレス(ドメイン)と結びついているのです。

✔️

だから偽サイトでは押印できない

本物そっくりの偽サイトを開いても、アドレスが1文字でも違えば、ブラウザが「これは別のサイトです」と判断してパスキーを使わせません。人間の目はだまされても、機械は文字列を厳密に見比べます。この性質は今回の研究でも一切損なわれていません。パスキーがフィッシングに強いのは、いまも変わらない事実です。

そして問題は「複数の端末で使いたい」から始まった

ハンコが1本しかなければ、その端末でしかログインできません。パソコンで作ったパスキーはスマホで使えず、機種変更したらすべて作り直し──それでは不便すぎます。

そこで登場したのが同期パスキーです。Googleパスワードマネージャーやアップルの iCloudキーチェーンが、パスキーをクラウド経由で全端末に配ってくれます。便利になりました。

しかし、便利さには構造の変化がついてきます。「端末から出ない鍵」だったはずのものが、「クラウドを行き来する鍵」に変わったのです。今回の研究は、まさにこの変化が生んだすき間を突いています。

第3章 おわり — 次は第4章

CHAP4

第4章 / 全9章

🧩 核心:金庫に入っていたのは「鍵」ではなかった

この記事でいちばん大事な章です

ここが今回の研究のいちばんおもしろく、そしていちばん誤解されている部分です。

よくある思い込み

「パスキーは安全」と説明されるとき、たいてい次のように語られます。

秘密鍵は TPM(パソコンに載っている小さなセキュリティチップ)や、スマホの Secure Enclave の中に保管されます。これらのチップからは鍵を取り出せない設計になっているため、盗まれる心配がありません。

この説明はまちがってはいません。USB型のセキュリティキーや、その端末だけで使うパスキーには、そのまま当てはまります。

しかし──Googleパスワードマネージャーで同期されるパスキーには、当てはまりません

よくある思い込み TPM(パソコンの中の金庫) パスキーの秘密鍵 =ハンコそのもの 金庫から出てこない =だから盗まれない USB型キー・端末だけのパスキーなら この理解で合っています 実際(Googleの同期パスキー) TPM(金庫) 端末の身分証 =社員証 名乗る クラウド の窓口 身分証を見て 許可を出す 同期用の保管庫(クラウド/同期データ) パスキーの秘密鍵 暗号化された状態 マスターキー SDS(32バイト) 金庫が守っているのは「鍵」ではなく「身分証」 ここが今回の攻撃の入口になった

左が一般に語られてきた理解、右が実際の構造です。右では、TPMに入っているのは「端末の身分証」であり、パスキーの秘密鍵は暗号化されて別の場所に保管されています。

登場する4つの鍵を、表で整理する

ここが分かれば、この記事の8割は理解できたことになります。同期パスキーの世界には、役割の違う鍵が4種類あります。

鍵の名前たとえるならどこにある?今回どうなった?
パスキーの秘密鍵 ハンコそのもの 暗号化されて同期データの中(TPMではない) マスターキーがあれば復号できてしまった
SDS
セキュリティドメインシークレット
倉庫のマスターキー ふだんは暗号化。ただし特定のタイミングだけChromeのメモリに素のまま現れる その一瞬を狙って盗み出された
端末の身分証
デバイスID鍵
会社の社員証 TPMの中(=金庫の中身はこれ) 勝手に「押印して」と頼めてしまった
本人確認の鍵
UV鍵
指紋や顔で解錠する本人確認済みの印 端末のロックを解除したときだけ使える保護つき 攻撃者が自分の鍵に差し替えられた
🧠

いちばん覚えて帰ってほしいこと

ハードウェアで守られている=誰が使えるかも守られている、ではありません。TPMは「鍵を外に取り出せなくする」道具であって、「誰がその鍵を使えるか」を管理する道具ではないのです。だから、あなたの権限で動いているプログラムなら、たとえウイルスであっても「これにハンコを押して」とTPMに頼めてしまいます。TPMは、頼んできた相手が本人かウイルスかを見分けません。

この一点が腑に落ちれば、次の章で出てくる3つの攻撃は、すべて素直に理解できます。

第4章 おわり — 次は第5章

CHAP5

第5章 / 全9章

🎭 3つの攻撃を順番に見る

だんだん深刻になっていきます

Unit 42が示したのは3つの攻撃です。名前は、Windowsの世界で古くから知られる「ゴールデンチケット」という攻撃にならって付けられています。基本形 → シルバー → ゴールデンの順に深刻さが増していきます。

① Pass-ta-key(基本形)── 本人確認が「そもそも求められていない」

まず基本形です。この攻撃は、実は指紋認証も顔認証も突破していません。もっと拍子抜けする話で、そもそも本人確認を求められていないのです。

流れをたどるとこうなります。

  1. Chromeが保存している、暗号化されたパスキーの一覧を見つける
  2. TPMの中の「端末の身分証」に、Windowsの標準機能を使って押印を頼む
  3. TPMは頼まれたとおりに押印する(管理者権限もロック解除も不要
  4. その署名をGoogleのクラウド窓口へ送ると、「正規の端末からの依頼だ」と認められてしまう

できあがった署名は、本物のログインとほとんど区別がつきません。違いはたった1ビット──「本人確認済み」を表す小さな印(UVフラグ)が立っていない、それだけです。

そして、ここからが大事なところです。この1ビットを、Webサイト側がちゃんと見ているかどうかで結果が変わります。

Webサイト側の設定結果説明
userVerification: required
かつ印をきちんと確認
防げる「本人確認の印がない」として拒否される。研究で試したGitHubはこの正しい動きをした
userVerification: preferred通ってしまう「できれば本人確認してね」という緩い設定。互換性を優先して多くのサイトがこれを使っている
requiredと書いてあるが
印を確認していない
通ってしまう設定しただけで安心している状態。eBayがこれに該当し、報告を受けて修正済み

つまり、半分はWebサイト側の宿題

この基本形は、Googleだけの問題ではありません。Webサイトが「本人確認済みの印」をきちんと検証していれば止められた攻撃です。あなたが使っているサービスがどちらなのかを利用者側から知る方法はありませんが、「パスキー対応」と書いてあっても実装の丁寧さには差があるということは知っておく価値があります。

② Silver Pass-ta-key ── 本人確認の鍵を、丸ごと差し替える

基本形は、きちんと設定されたサイトなら防げました。では攻撃者はどうするか。「本人確認済み」の印を、本当に立てられるようにしてしまうのです。

ここで狙われるのが、第4章の表にあったUV鍵(本人確認の鍵)です。

  1. マルウェアが、端末に保存されている本人確認の状態をリセットする
  2. Chromeが「本人確認の鍵をもう一度登録しなければ」という状態になる
  3. Chromeが正しい鍵を作るより先に、攻撃者が自分の鍵を登録する
  4. Googleのクラウド窓口は、その鍵が本物のハードウェアで作られたものか確認していないため、そのまま受理する

🚨 ここが基本形より深刻な理由
これで攻撃者は、「本人確認済み」の印を正しく立てた署名を作れるようになります。つまり、①では防げていた「きちんと設定されたサイト」も突破されてしまうのです。

注意していただきたいのは、これは指紋を偽造したわけではないという点です。指紋の代わりを名乗る鍵を、審査なしで登録できてしまった──それだけのことです。しかも、あなたのパスキー自体は無傷のまま残っています。だから気づきにくいのです。

もうひとつ怖いのは、この攻撃はあなたがパソコンの前にいなくても成立するという点です。攻撃者が自分の鍵を登録してしまえば、あとは自分の環境からログインできます。

③ Golden Pass-ta-key ── 倉庫のマスターキーを盗む

最後が、いちばん深刻な攻撃です。狙うのは、第4章の表に出てきた SDS(マスターキー)。同期されているパスキーの秘密鍵を、すべて復号できる32バイトのデータです。

ふだんSDSは暗号化されていて手が出せません。しかし、ひとつだけ無防備になる瞬間があります。新しい端末を登録するときと、アクセスを復旧するときです。

そして、ここが巧妙なところです。攻撃者は、その瞬間が自然にやってくるのを待ちません。②のSilver Pass-ta-keyで使った「再登録を強制する」手口をそのまま使えば、無防備な瞬間を自分の手で作り出せるからです。つまり②と③は、別々の攻撃というよりひと続きの流れになっています。

⏱️

その瞬間、マスターキーは「素のまま」置かれる

そのとき、SDSは暗号化されない素の状態でChromeのメモリに現れます。マルウェアは、この一瞬を狙ってメモリを読み取ります。Windowsでは、同じユーザーとして動いているプログラムが別のプログラムのメモリを読むのに管理者権限は要りません。だからここでも権限昇格が不要なのです。

さらに研究チームは、Chromeの内部ログ画面(chrome://device-log)にこのマスターキーがそのまま表示されていたことも見つけました。この点はGoogleに報告され、すでにログから削除されています

そして、この攻撃が「ゴールデン」と呼ばれる本当の理由がここです。

🚨 SDSは、作り直すことも無効にすることもできない
パスワードなら、盗まれても変更すれば終わりです。ところがSDSには、ローテーション(更新)の仕組みも、失効させる仕組みも用意されていません

つまり一度盗まれると、そのとき同期していたパスキーだけでなく、その後あなたが新しく作るパスキーまで復号できる状態が続いてしまいます。研究チームはこれを「永続的な侵害につながる」と表現しています。

3つを並べて比べる

攻撃何を盗む・悪用する突破できる範囲深刻さWebサイト側で防げる?
① Pass-ta-keyTPMの中の端末の身分証設定が緩いサイトのみ防げる
(設定+印の確認)
② Silver本人確認の鍵(UV鍵)を差し替えきちんと設定されたサイトも突破防げない
③ GoldenマスターキーSDS同期しているすべてのパスキー
+今後作る分も
最高防げない

第5章 おわり — 次は第6章

CHAP6

第6章 / 全9章

📖 ニュース記事の「むずかしい日本語」を読み解く

報道の一文一文を、日常のことばに置き換えます

このニュースを日本語で最初に報じたのは、PC Watchの記事「Googleパスワードマネージャーに脆弱性、マルウェアでパスキー保護を突破可能に」(宇都宮充氏/2026年8月5日)です。短くよくまとまった記事なのですが、専門用語が多く、一読しただけでは何が起きたのか掴みにくいのも事実だと思います。

この章では、その記事に出てくる言い回しを一つずつ日常のことばに翻訳していきます。ニュースを読んで「難しくてよく分からなかった」という方は、ここだけ読んでも大丈夫です。

まず、見出しの「脆弱性」という言葉について

見出しには「Googleパスワードマネージャーに脆弱性」とあります。ここで多くの人が思い浮かべるのは、「プログラムのバグが見つかって、修正プログラムを当てれば直るもの」ではないでしょうか。

⚠️ 今回は「バグ」ではなく「設計上のすき間」です
今回のPass-ta-keyについては、執筆時点でCVE番号(脆弱性に振られる通し番号)が公表されていません。プログラムの書き間違いではなく、「同期する」「復旧する」「新しい端末を登録する」という仕組みの組み立て方そのものに残っていたすき間だからです。

これは「だから軽い」という意味ではありません。むしろ逆で、1行直せば終わり、という性質の問題ではないということです。第8章でGoogleの対応が歯切れよく終わっていないのも、これが理由です。

ニュースの表現を、そのまま翻訳してみる

左が記事に出てくる表現、右がその意味です。第4章と第5章を読んだあとなら、すべて見覚えのある話になっているはずです。

ニュース記事の表現
やさしく言うと
Googleパスワードマネージャーの脆弱性を悪用した
パスキーを預かって全端末に配る仕組みに残っていた、設計上のすき間を突いた
正規認証時のChromeやGoogleパスワードマネージャーの挙動を模倣する
マルウェアがChromeになりすまし、本物とまったく同じ手順をなぞる
ChromeがTPMから取得しローカル保管しているIDキーの暗号化データを抽出し
金庫(TPM)の中の「端末の身分証」を使うための引換券を、パソコンの中から見つけ出す
ユーザーの同意や生体認証、デバイスロック解除などをバイパスできる
「許可しますか?」の確認も、指紋も、画面ロックも通らずに済んでしまう
マルウェアは特権を必要としない
管理者権限(「このアプリに変更を許可しますか?」)がいらない
userVerificationがpreferredに設定されている場合に有効
Webサイト側が「本人確認はできればで構わない」という緩い設定にしているときに通ってしまう
Chromeが検証キーの作成を一時保留する
Chromeが「本人確認用の鍵をこれから作ります」と待機する、わずかなすきま時間ができる
攻撃者は自身の環境から有効なアサーションを生成でき
攻撃者が自分のパソコンから、本物と見分けのつかないログインの証明を作れる
SDSがChromeのプロセスメモリに一時的に平文で展開される
マスターキーが、暗号化されない生のままChromeの作業机(メモリ)の上に一瞬置かれる
SDSのローテーションや無効化が不可能
そのマスターキーは、作り直すことも「もう無効です」と取り消すこともできない
永続的な侵害につながる
一度盗まれたら、その先ずっと入られたままになる
🔍

ニュースで読み飛ばされがちな、いちばん大事な一文

記事の中に 「Silver Pass-ta-keyの手法で再登録を強制したあとのキー登録/復旧フロー中」 という一節があります。地味な表現ですが、ここが実はとても重要です。
攻撃者は「マスターキーが表に出る瞬間」を偶然待つのではなく、自分で作り出せるという意味だからです。つまり②Silverと③Goldenは、別々の攻撃ではなくひと続きの手順です。「機種変更なんてめったにしないから大丈夫」とはならない、ということでもあります。

Unit 42が示した対策は、3つの立場に分かれている

記事の後半では対策が挙げられていますが、誰に向けた話なのかが混ざっていて分かりにくい部分です。立場ごとに整理すると、こうなります。

誰への提言かUnit 42が挙げた内容やさしく言うと
サービス提供者
Webサイト・アプリの運営者
厳格なユーザー検証の必須化。新規デバイス登録時の検証 「本人確認は必須」に設定し、本当に確認されたかを毎回チェックする。新しい端末が登録されるときも確かめる
プラットフォーム開発者
Googleなど、仕組みを作る側
端末上でのシークレットの露出防止。復旧/再登録フローの改善。ローカルのパスキーデータへのアクセス制限。異常なパスキー使用を検知する機能の実装 マスターキーを端末に出さない。復旧の手続きを厳しくする。パスキーのデータに他のアプリが触れないようにする。おかしな使われ方に気づく仕組みを作る
エンドユーザー
私たち利用者
3つの攻撃がいずれもマルウェア感染を起点とすることから、マルウェア対策の導入 結局のところ「感染させないこと」に尽きる。怪しいアプリを動かさない、ウイルス対策を効かせる
📌

この表から見えること

3つのうち、私たち利用者にできるのは1つだけです。残りの2つは、Googleとサービス運営者の宿題です。
だからといって諦める話ではありません。その1つ(感染させない)が、3つの攻撃すべての入口をふさぐ唯一の手段だからです。利用者側の持ち札は少ないけれど、その1枚がいちばん効く──今回のニュースは、そういう構図になっています。

第6章 おわり — 次は第7章

CHAP7

第7章 / 全9章

🕳️ なぜ成立したのか ── 4つのすき間

暗号ではなく「手続き」が破られた、という意味

研究チーム自身が、破ったのは暗号ではないとはっきり述べています。では何を破ったのか。整理すると4つのすき間に行き着きます。

すき間何が足りなかったか日常のたとえ
端末の信頼TPMは鍵を守るが、誰が使うかは見ていない社員証の入った金庫は頑丈だが、机の上に置きっぱなしで誰でも使える
復旧の手続き復旧のときだけマスターキーが素のまま現れるふだんは金庫にしまう合鍵を、引っ越しの日だけ玄関に置いてしまう
登録の手続き新しく登録される鍵の出どころを審査していない身分証を作り直すとき、誰が申請してきたか確認しない
サイト側の確認「本人確認済み」の印を見ていないサイトがある受付に印鑑証明の提出欄はあるが、誰も中身を見ていない
🧭

この研究がいちばん伝えていること

認証の強さは、鍵の頑丈さではなく「鍵をどう配り、どう取り戻し、どう信用するか」で決まる。復旧の手続きはセキュリティの弱点になりやすい──これは昔から言われてきた原則ですが、パスキーという最新の技術でも、まったく同じことが起きたわけです。

Webサイトを運営している方へ

この記事の読者のなかには、サービスを運営している方もいらっしゃると思います。今回いちばん即効性のある対策は、実はサイト側にあります

// パスキーでのログインを受け付けるときの考え方

// 1. リクエスト時に「本人確認は必須」と伝える
userVerification: "required"

// 2. ここが抜けやすい ──
//    返ってきた応答の「本人確認済みフラグ(UV)」を
//    必ず自分で検証する
if (authenticatorData.flags.uv !== true) {
    // 本人確認されていない → 受け付けない
    reject();
}
⚠️

「設定した」と「検証している」は別物

eBayの事例が示したのは、requiredと設定していても、返ってきた応答の印を検証していなければ意味がないという事実です。設定は「お願い」にすぎず、実際に守らせるのは検証のコードです。加えて、署名回数のカウンター(signCount)が不自然に飛んでいないかを監視することも、異常検知の助けになります。

第7章 おわり — 次は第8章

CHAP8

第8章 / 全9章

📰 Googleの対応と、まだ分かっていないこと

ここは誠実に、分かっていないことは分かっていないと書きます

この手のニュースでは「Googleが修正しました」で締めくくられがちですが、2026年8月5日時点の実際の状況は、もう少し複雑です。

項目状況補足
Chromeの内部ログにマスターキーが表示されていた問題修正済み報告を受けてログから削除された
eBayが本人確認の印を検証していなかった問題修正済み研究チームの通知後に対応
クラウド認証のしくみそのものの設計検討中Google側で課題として登録されている段階
3つの攻撃すべてがふさがれたか確認できていない公開情報からは判断できない
PINを変えれば盗まれたマスターキーは無効になるか回答なし報道機関の問い合わせにGoogleは回答していない
📌

「もう直った」とも「まだ危険」とも言えない

ネット上には「Googleが修正済み」と書く記事も、「パスキーはもう信用できない」と書く記事もあります。しかし公開されている情報から言えるのは、一部は修正され、全体が解決したかは確認できていないということだけです。この記事では、そこを埋めずにそのまま書いておきます。今後の続報が出た時点で、この章は更新します。

それでも、パスキーをやめる理由にはならない

ここは強調しておきたい部分です。今回の研究でパスキーの価値が下がったわけではありません

脅威パスワードパスキー今回の研究で変わった?
偽サイトでのフィッシング盗まれる強い変わらず強い
他社からの流出・使い回し被害影響を受けるそもそも保存されない変わらず強い
通信の盗み見・再利用危険強い変わらず強い
総当たり・推測弱い無関係変わらず強い
端末がウイルス感染危険守りきれないここが今回の論点

表を見れば分かるとおり、5つのうち4つでパスキーは変わらず強いままです。そして最後の1行「端末がウイルス感染」については、パスワードでも同じかそれ以上に危険です。パスワードに戻して得をすることは何もありません。

✅ 結論:パスキーは使い続けてください
今回の研究が変えたのは「パスキーを使うべきか」ではなく、「パスキーを使っていても、端末を守る手を抜いてはいけない」という一点です。守るべき場所が、鍵から端末そのものへ移ったと考えてください。

第8章 おわり — 次は第9章

CHAP9

第9章 / 全9章

🛡️ 今日からできること・チェックリスト

最後は行動に落とし込みます

今回の攻撃は、すべて「先に感染していること」から始まります。ということは、対策の中心も自然に決まります。

まず、最初にやること3ステップ

やることなぜそれが効くのか
1WindowsとChromeを最新にするすべての攻撃の入口は感染です。更新は、その入口をふさぐいちばん確実で無料の方法
2ウイルス対策を有効にして、動いているか確認するWindowsセキュリティ(Defender)でも十分。「入れたつもりで無効になっていた」が最も多い失敗
3いちばん大事なアカウントだけ、守りを1段上げるGoogleアカウントや銀行など「そこを取られると全部取られる」ものに絞って強化する

3番目の「守りを1段上げる」を具体的に

全部のアカウントを完璧にする必要はありません。そこを乗っ取られると他も芋づる式に取られてしまうアカウントだけを選んで手当てします。典型的には、Googleアカウント、Appleアカウント、メール、ネットバンキング、証券口座です。

やり方今回の攻撃への効果向いている人・注意点
物理セキュリティキー
YubiKeyなど
3つとも効かない 鍵がパソコンの外にあるため構造的に強い。ただし紛失に備えて2本用意するのが定石(1本だと締め出される)
同期しないパスキー
端末に固定するタイプ
Goldenの被害範囲が小さい 同期していないので「まとめて盗まれる」ことがない。機種変更のとき登録し直す手間はかかる
Googleの高度な保護
Advanced Protection
全体の底上げ Googleアカウントを守る最上位の設定。手間はかかるが、依存度が高い人ほど価値がある
ログイン履歴の確認 気づくのが早くなる 防ぐのではなく「早く気づく」ための手段。見覚えのない端末があればすぐログアウトさせる
💡

「感染の入口」を知っておくほうが実は効きます

Pass-ta-keyそのものを心配するより、そこに至る前の入口を塞ぐほうが現実的です。情報を盗むタイプのマルウェアが入ってくる経路は、だいたい決まっています。①偽のインストーラーや「無料版」をうたう配布サイト ②検索結果に紛れ込む偽の広告 ③「認証のためにこのコマンドを貼り付けてください」と指示してくる偽の確認画面。この3つを覚えておくだけで、かなりの割合を避けられます。

今日のチェックリスト

  • Windows Update が保留のまま止まっていないか確認した
  • Chrome を再起動して最新版になっているか確認した
  • ウイルス対策が「有効」になっているか実際に画面で見た
  • Googleアカウントのログイン履歴に、見覚えのない端末がないか見た
  • いちばん大事なアカウントを1つ決めて、守りを上げる方法を決めた
  • 身に覚えのないソフトが勝手に入っていないか、アプリ一覧を見た
  • 「コマンドを貼り付けてください」と言う画面には従わない、と決めた
次に読むなら

パスキーの設定そのものを見直したい方へ

「そもそも自分のパスキーがどこに保存されているのか分からない」「同期するタイプなのか、端末だけのタイプなのか区別がつかない」という方は、設定手順から確認し直すのがいちばんの近道です。二段階認証との組み合わせ方もあわせて解説しています。

二段階認証・パスキーの設定方法を見る →

第9章 おわり — 次はよくある質問

Q&A?

よくある質問

❓ Pass-ta-keyについてのQ&A

読み終えたあとに残りやすい疑問をまとめました

いま使っているパスキーは、削除して作り直したほうがいいですか?

感染の心当たりがないなら、その必要はありません。まずは第9章の3ステップ(更新・ウイルス対策・重要アカウントの強化)を優先してください。逆に感染の心当たりがある場合は、パスキーを作り直すだけでは不十分です。マスターキーを盗まれていれば作り直したパスキーも復号されうるため、端末をきれいにすることが先になります。

パスワードに戻したほうが安全ですか?

いいえ、逆効果です。第8章の表のとおり、5つの脅威のうち4つでパスキーのほうが明確に強く、残る1つ(端末の感染)ではパスワードも同じように危険です。戻して得られるものはありません。

iPhoneやMacを使っています。安心していいですか?

「安全だと確認された」わけではなく、今回の研究の対象外だったというのが正確な答えです。Appleの仕組みは設計が異なりますが、同期・復旧・端末登録という手続きが存在する点は共通です。安心材料にはできますが、油断の理由にはしないほうがよいと思います。

Chrome以外のブラウザなら大丈夫ですか?

今回の研究はChromeとGoogleパスワードマネージャーの組み合わせを対象にしています。ただし、EdgeなどChromiumを土台にしたブラウザでGoogleアカウントの同期パスキーを使う場合、同じ仕組みに触れる可能性があります。ブラウザを変えることを対策と考えるより、端末そのものを守るほうが確実です。

企業のIT管理者として、何を優先すべきですか?

3つあります。①自社サービスで userVerification: required を設定し、応答のUVフラグを実際に検証しているかコードを確認する(設定だけでは効きません)。②端末側は情報窃取型マルウェアの検知を優先する(管理者権限を必要としないため、権限管理だけでは止まりません)。③特権アカウントは物理セキュリティキーへ移行する。優先順位をつけるなら①がもっとも費用対効果が高いです。

「Pass-ta-key」という名前の由来は?

Windowsの世界で古くから知られる Pass-the-HashGolden Ticket といった攻撃名にならったものです。いずれも「本物の資格情報を盗むのではなく、認証の仕組みそのものを横取りする」という共通点があり、Pass-ta-keyもその系譜に位置づけられています。

Q&A おわり — 次は出典

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