遅いのは、隠しているからではなかった|漏えい630件の日付を発覚と公表に分けた

数え直しシリーズ / 2026年9月・leaks データセット

遅いのは、隠しているからではなかった

国内の情報漏えい630件を調べると、不正アクセスの公表はいちばん遅く、中央値で56日かかります。ではその56日、企業は何をしていたのか。「発覚するまで」と「発覚してから公表するまで」に分けて数え直したら、遅れの正体は想像と違うものでした。

情報漏えい 発覚までの日数 Webスキミング 一次データ 中央値

情報漏えいのニュースを見ると、こう思うことがあります。「なんで今ごろ発表するんだ」「本当は前から知っていたんじゃないか」と。

実際、公表までの時間には大きな差があります。当サイトが集計した国内630件では、ランサムウェアが中央値14日で最も速く、不正アクセスが56日で最も遅い。この4倍の差については前編で扱いました。

ただ、あの集計には答えられていない問いが残っていました。その56日のあいだ、組織は「知っていて黙っていた」のか、それとも「まだ気づいていなかった」のか。 まったく別の話なのに、公表までの日数だけを見ていると区別がつきません。

今回はここを分けて数え直します。

⚠ 注意:この記事の数字は630件のうち75件から出しています

「発覚した日」が記事中に明記されている事案だけが対象になります。630件のうち、発生日・発覚日・公表日の3つが揃い、かつ発覚日が発生日と別の日付として記録されているものは75件でした。母数が小さいことと、そもそも「発覚日をわざわざ書く記事」は、時間差が目立つ事案に偏っている可能性があることは、読む前に踏まえてください。傾向として読むものであって、日本全体の平均ではありません。

CHAP1

第1章 / 全7章

前編で残った問い

まず前編の結論をおさらいします。原因ごとに「発生から公表までの日数」を数えると、はっきり順番がつきました。

原因件数発生から公表まで(中央値)
ランサムウェア2614日
誤操作・設定ミス26425日
紛失・誤廃棄13529日
内部不正2134日
不正アクセス8056日

前編ではここから「公表の速さは、被害の重さではなく隠せなさで決まる」と読みました。ランサムウェアは業務が止まるので隠しようがない。だから最速で出てくる。この読み方自体は、今回の分析でも覆りませんでした。

ただ「隠せなさ」という言葉は、実は2つの意味を混ぜています。

意味もし主因ならば
気づきやすさ被害が起きたことに、そもそも早く気づけるか遅れの正体は検知能力の問題
言いやすさ気づいたあと、どれだけ早く外に出すか遅れの正体は組織の姿勢の問題

対策はまったく変わります。前者なら監視やログに投資すべきですし、後者なら報告体制や意思決定の問題です。どちらなのかは、公表までの日数だけを見ていても分かりません。

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CHAP2

第2章 / 全7章

遅れを2つに割る

そこで、発覚した日が分かっている75件について、時間を2つの区間に分けました。

同じ「公表までの遅れ」でも、中身は2つに分かれる 発生 発覚 公表 気づくまで 気づいてから言うまで 検知・監視の問題 報告体制・判断の問題 全75件の中央値:気づくまで48日 / 気づいてから公表まで28日

全体では「気づくまで」が48日、「気づいてから公表まで」が28日でした。合計すると、この75件の発生から公表までは中央値93日になります。

この時点で、すでに片方に傾いています。遅れの大半は、気づく前の時間です。

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CHAP3

第3章 / 全7章

不正アクセスは、ほぼ全部が「気づいていない」

原因ごとに分けると、傾きはもっとはっきりします。

原因件数気づくまで気づいてから公表までどちらが長いか
不正アクセス18442日114日気づくまでが約3.9倍
誤操作・設定ミス4043日26日気づくまでが約1.7倍
紛失・誤廃棄1111日32日逆。公表までが約2.9倍

不正アクセスは、気づくまでに中央値442日かかっています。1年2か月です。 そして気づいてから公表するまでは114日。合計するとかなりの長さですが、その大部分は「まだ知らなかった時間」でした。

前編で「不正アクセスの公表は遅い」と書いたとき、隠蔽を疑った方もいたと思います。データはそう言っていません。多くの場合、組織は黙っていたのではなく、起きていること自体を知らなかったのです。

これは免罪ではありません

「知らなかったのだから仕方ない」という話ではありません。442日気づけなかったこと自体が、対策の失敗です。 むしろ問題はより深刻で、「公表を早くしよう」という掛け声では1日も縮まりません。縮めるには、侵入に気づく仕組みそのものが要ります。

誤操作・設定ミスも同じ向きですが、差は小さくなります(43日と26日)。設定ミスは外部から指摘されて気づくことが多く、その指摘が来るまでの時間が「気づくまで」に現れていると考えられます。

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CHAP4

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紛失だけが逆を向く

3つの原因のうち、ひとつだけ向きが違います。紛失・誤廃棄です。

原因気づくまで気づいてから公表まで性質
不正アクセス442日114日気づけない
誤操作・設定ミス43日26日やや気づきにくい
紛失・誤廃棄11日32日すぐ気づくが、出すのに時間がかかる

書類がない、パソコンがない。物理的になくなったものは、すぐ分かります。 中央値11日というのはそういう意味です。ところがそこから公表までは32日かかっています。

これは考えてみれば自然です。紛失に気づいたあと、組織は「本当に無いのか」を捜します。保管場所を全部見て、持ち出し記録を確認して、それでも出てこないと確定させる。さらに、何人分の情報が入っていたのかを特定する必要があります。その調査と確定の時間が、そのまま公表までの32日になっていると考えるのが素直です。

2つのタイプがあるということ

ここまでをまとめると、遅れには性質の違う2つのタイプがあります。①気づけないタイプ(不正アクセス)②気づいてから確定に時間がかかるタイプ(紛失・誤廃棄)です。前編の「隠せなさ」という一言では、この2つが同じ箱に入っていました。対策の打ち手はまったく別です。

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CHAP5

第5章 / 全7章

気づけなかった実例12件

「気づくまで」が長かった上位12件を並べます。数字だけでは伝わらないものが、ここに出ています。

気づくまでそこから公表まで原因事案
2,308日55日誤操作個人情報を誤提供、システムの改修テストで(農林中金)
2,181日251日不正アクセスカーテン通販サイトで決済アプリ改ざん
1,910日65日紛失行政文書を紛失、書架移動の繰り返しで紛失か(愛知労働局)
1,819日13日不正アクセス開発テスト環境から顧客情報流出、外部からの指摘で発覚(阿波銀)
1,772日335日不正アクセスオーガニック食品の通販サイトで個人情報流出の可能性
1,769日24日紛失廃棄PCや内蔵SSDが所在不明(JR仙台病院)
1,756日106日不正アクセスカーインテリア通販サイトに不正アクセス
1,655日31日誤操作サイト公開ファイルに助成金申請者約2,000人分の個人情報(出雲市)
1,554日147日不正アクセス包装資材通販サイトの侵害、決済アプリ改ざん
1,407日105日誤操作ゲーム利用者の内部識別子を広告ツールに外部送信(LINEヤフー)
1,358日343日不正アクセスリサイクル着物の通販サイト、クレカ情報流出のおそれ
1,237日407日不正アクセス英国ブランド通販サイト、約3年間にわたりクレカ情報流出の可能性

太字にしたところを見てください。12件のうち6件が通販サイトで、そのすべてが不正アクセスです。

手口も共通しています。決済ページのプログラムを書き換えて、入力されたカード番号をそのまま外へ送る——いわゆるWebスキミングです。この攻撃には、サイト運営者から見て決定的にやっかいな性質があります。

ランサムウェアの場合Webスキミングの場合
業務が止まるサイトは正常に動き続ける
画面に脅迫文が出る見た目は何も変わらない
その日に分かる注文も決済も普通に完了する
中央値14日で公表気づくまで中央値442日

売上は立ちます。注文は届きます。顧客からの苦情も来ません。運営側から見て、異常が一切ないのです。 だから何年も続きます。「約3年間にわたり」という記事タイトルは、誇張ではなく実測です。

阿波銀行の事案にも注目してください。「外部からの指摘で発覚」とあります。1,819日、自分では気づけませんでした。そして指摘を受けてからの公表は13日と非常に速い。この組織は隠していません。知らなかっただけです。

🚨 重要:多くの場合、最初に気づくのは自分ではありません

カード情報の窃取は、カード会社が不正利用のパターンから「この店で買った人が集中して被害に遭っている」と割り出して連絡してくることで発覚するケースが多くあります。つまり被害が実際に出るまで誰も気づけないという構造です。自社サイトを見ていて気づける類の攻撃ではない、という前提から始める必要があります。

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CHAP6

第6章 / 全7章

差が出なかったもの

調べたものの、差が出なかったものも書いておきます。出なかったこと自体が情報だからです。

委託先が絡んでいても、遅くならない

漏えいの約2割は委託先で起きています。関係者が増えるぶん、公表までの調整に時間がかかりそうに思えます。数えてみました。

区分件数発生から公表まで(中央値)
委託先が起点10627日
自社内で発生44727日

まったく同じ27日でした。 「委託先が絡むと公表が遅れる」という直感は、少なくともこのデータでは支持されません。

自治体は民間より遅くない

もうひとつ、意外な結果です。

主体件数発生から公表まで(中央値)
団体・組合1018日
地方自治体13825日
学校1127日
民間企業10733日
医療・介護1644日

地方自治体は25日、民間企業は33日。 「お役所仕事だから遅い」という想像とは逆です。

ただしこれは、自治体が優秀だという話ではないかもしれません。前編で見たとおり自治体の漏えいは誤操作・紛失といった人的ミスが中心で、こうしたミスはそもそも早く気づけます。一方、民間企業には不正アクセスが多く含まれます。速さの差は組織の姿勢ではなく、起きている事故の種類の差である可能性が高いという読み方をしておきます。

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CHAP7

第7章 / 全7章

この数え方の限界と、やること

先に限界を書きます

限界内容
母数が75件しかない630件のうち、発覚日が発生日と別に記録されているのは75件(約12%)。原因別ではさらに小さく、不正アクセスは18件、紛失・誤廃棄は11件
選ばれ方に偏りがある「発覚日をわざわざ書く記事」は、時間差が目立つ事案に偏っている可能性が高い。実際より長く出ている恐れがある
分解できなかった原因があるランサムウェアと内部不正は該当件数が少なく、2区間に分けられなかった。前編で最速だったランサムウェアの内訳は、今回は分からない
母集団は媒体の取材範囲本データベースはSecurity NEXTが記事にした事案の集計。日本で起きた漏えいの全数ではない
日付の不備を除外済み公表日より発生日が後になっている4件は、日付の取り違えと判断して集計から除いた

とくに2つ目は重要です。この数字は「日本の平均」ではなく「記事で発覚日まで書かれた事案の傾向」だと理解してください。それでも、442日と11日という桁の違いは、偏りだけでは説明しきれない差だと考えています。

立場別にやること

立場やること理由
通販サイトを運営している決済ページのファイルが書き換わっていないかを継続的に確認する。カード情報を自社サーバーで受けない方式に切り替える442日気づけないのが標準。見て気づくことは期待できない
会社のIT担当「公表を早くする」より「気づく仕組みを作る」に予算を振る。外部からの指摘を受ける窓口を明示しておく遅れの大半は気づく前の時間。報告フローを直しても縮まらない
経営層「報告が上がってこない=何も起きていない」と解釈しない。検知できているかを別に確認する知らないことと、起きていないことは違う
個人ネット通販を使うならカードの利用明細を月1回見る。少額の見慣れない請求に注意する店側が気づく前に、あなたの明細に先に出ることがある
✅ 最初にやること3ステップ

1. カードの利用明細を開く。過去3か月ぶんを見て、身に覚えのない少額決済がないか確認する。
2. サイトを運営しているなら、決済まわりのファイルの更新日時を確認する。覚えのない更新があれば調べる。
3. 組織にいるなら、外部からの脆弱性・不審な挙動の連絡を受け取る窓口が公開されているか確認する。今回のデータで、最も長く気づけなかった事案が発覚したきっかけは「外部からの指摘」でした。

第7章 おわり — 次はよくある質問
 FAQ

よくある質問

この記事についてよくある質問

前編と結論が違うのですか?

違いません。深めています。前編の「公表の速さは隠せなさで決まる」は今回も覆っていません。ただし「隠せなさ」には「気づきやすさ」と「言いやすさ」の2つが混ざっており、分けて数えると遅れのほとんどは気づく前の時間だったというのが今回の結果です。

442日というのは長すぎませんか?

中央値なので、半分はこれより長いということになります。母数が18件と小さい点は割り引いて読む必要がありますが、上位の事案では2,000日を超えるものもあります。Webスキミングはサイトが正常に動き続けるため、運営側に異常が見えないことが理由と考えられます。

なぜランサムウェアの内訳が載っていないのですか?

発覚日が別に記録されている事案が少なく、2区間に分解できるだけの件数が集まらなかったためです。無いものは無いと書くようにしています。なおランサムウェアは前編の集計で、発生から公表まで中央値14日と最速でした。

「委託先だと遅れる」が否定されたということですか?

このデータでは差が出なかった、というところまでです。委託先が起点の106件と自社内の447件で、公表までの中央値がどちらも27日でした。積極的に「差がない」と証明したわけではなく、差が観測できなかったという意味に留めてください。

自治体のほうが民間より速いのは本当ですか?

このデータでは自治体25日、民間企業33日でした。ただし自治体の漏えいは誤操作・紛失が中心で、こうしたミスは元々早く気づけます。組織の姿勢の差ではなく、起きている事故の種類の差である可能性が高いと考えています。

データはどこから取っていますか?

Security NEXTが報じた国内の情報漏えい記事から、当サイトが発生日・発覚日・公表日・原因などを抽出してデータベース化したものです。日本で起きた漏えいの全数ではなく、記事になった範囲であることにご注意ください。

数え直しシリーズ

世の中に流通している数字を、自前で集めたデータで数え直す連載です。

出典・データについて

  • 本記事の集計は、Security NEXT(https://www.security-next.com/)が報じた国内の情報漏えい事案から、当サイトが発生日・発覚日・公表日・原因・組織種別などを抽出して構築したデータベース(incidents 630件)への直接クエリの結果です。
  • 2区間の分解に使用したのは、発生日・発覚日・公表日の3つが揃い、発覚日が発生日と異なる日付として記録され、かつ時系列の順序が正しい75件です。
  • 公表日より発生日が後になっている4件は、日付の取り違えと判断し全集計から除外しました。
  • すべての代表値は中央値です。平均値は極端な長期案件に強く引きずられるため使用していません(不正アクセスの場合、平均は466日、中央値は56日)。
  • 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」 https://www.ppc.go.jp/(漏えい等の報告義務の枠組み)

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